28.優しさが身に染みる
怜王と別れてから一週間が経った。それでも怜王は帰る様子を見せない。別れ話をした次の日以来一緒に帰ってはいないものの、ふとした時になんか近くにいる…気がする。なんだか視界の端に映るのだ。それは私が怜王を意識しているからそう感じるだけなのかもしれないけれど。
それに隣の席だからか、避けることも出来ないし、普通に会話をする時もあるというのが今の現状だ。
「…と、いうことがあったんだけど、カノンー!私どうしたらいいと思う!?」
流石に一人で抱えるのがしんどくなってきたので、貰ったぬいぐるみでカノンに連絡をした。
最初は、「や、やっと連絡してくれましたわね、…い、いえ、別に待っていたわけじゃありませんけど!」とツンデレをかましてくれたカノンだったが、私の弱っている様子が伝わったのであろう。真摯に話を聞いてくれた。なんて優しいのだろう。
「一つ聞きたいのですけど、魔王様の事を幻滅したとか、嫌いになった訳ではないのですわよね?」
「なんかもうストーカーされ過ぎて慣れちゃったから今更幻滅はしてない。…嫌いになれたら楽なのになあ、とは思うけど…。」
「はぁー…、どうしてそんなに拗れてますの…。いいですか、あなたが気付いていないようだから言いますけど、魔王様はまだ瞬間移動くらい出来ますから雨になんて当たらずに帰れます!それに、その他諸々の近くに居た、というやつはすべて魔王様の作戦ですからね!」
「た、確かに言われてみれば…。」
全然思いつかなかった。顔は見えないが、カノンの呆れたような雰囲気が伝わる。
「…それに、どうしてわたくしがアルマという少女の事をあなたに伝えなかったのか、お分かりかしら。」
「哀れみ?…それか気を遣ってくれた…とか?」
「違います。確かに当時魔王様が興味を持った人間だったのは確かですし、その少女とあなたが同じ魂であるということは否定しません。
けれど、そもそもの前提が違うのです。わたくし達魔族にしたら何の力も持たないこちらの人間などただの下等生物にすぎません。稀にわたくし達と同等の力を持ったものが現れるので、全員が、とは言いきれませんが…。魔王様からしたらあの少女など、愛玩動物…ペットのような愛着です。」
「ぺ…ペット。」
なんだかそれもそれで複雑な気分だ。
「そう。わざわざペットの時の話なんてする訳がないでしょう。ですが魔王様にとってそういう存在は今までおりませんでしたもの。ある程度特別な存在になるのは当然なのです。ただ、そういうことですので少女とは恋愛とかそういうものではなかったのではないかしら。向こうはどう思っていたかは知りませんんけど。」
「いや、でも…。アルマの事が好きとか言ってたよ…?」
「そりゃあ好意くらいはありますわよ。当然ですわ。ただ先程も申し上げた通り恋愛感情の問題ですわね。その少女とあなたを重ねて見ているかはわたくしにはわかりませんけれど…。
というより、あなたに良く思わせたかったのか知りませんけど、美化しすぎなのですわ!あなたの前世が自分の可愛がっていた人間なんて言ったら嫌われるとでも思ったのではないかしら?ま、一度痛い目を見て反省するといいのですわ。世の中のすべての女が運命とか言われて喜ぶ訳ではないのですから。」
「な、なかなか辛辣…。でも、ペット…ペットかー…。…ペットって恋愛対象にならなくない?」
「だからあなたなのではなくて?」
「え?」
「今こそただの人間ですけど、こっちに来た時のあなたは相当な力を持っていたでしょう。時間さえあれば相当強くなったでしょうし…。もちろんわたくしには敵いませんけれどね!」
向こうで自信ありげに踏ん反り返っているのであろうカノンの言葉に心が少し軽くなった。
「ふふ、確かにカノンには勝てないな。…完全に納得した訳ではないけど、楽になった。カノンに相談して良かったよ、ありがとう。」
「ふ、ふん!暇なときでしたらいつでも話くらいは聞いてあげますわ!…後は魔王様ときちんと話をするべきですわ。わたくしにうじうじ相談するなんてあなたらしくもありませんもの!どうしても魔王様と離れたいのであれば、さすがに魔王様も諦め…、
…。
るかはわかりませんが、お互いが納得する形をとれるでしょうし。」
「いや、沈黙が長いよ。途切れたのかと思った。」
「…とにかく!一度話し合わないとずっとモヤモヤうじうじしたままなんだかんだ近くに魔王様が居て、あなたは他の恋人も作れないままいつの間にか魔王様と生涯を共にしてた、みたいなことになり得るんですのよ!!」
「え…、怖…。」
何だかその未来がたやすく想像できてしまった自分がいる。
「俺もそうなると思うなー、ま、好きなら好きで一緒に居ればいいんじゃねえ?それに怜王はどこに逃げても見つけてくると思うぞー。」
唖然としていると、いきなり男性の声が聞こえてきた。…というかこの声は…。
「アレク?」
「お、よくわかったなー、瑠々、久しぶりだなー。」
勇者のアレクだ。え、どうしてアレクの声が…?
「な、な、なんであなたがここにいるんですの!?というか部屋に入るならノックくらいするべきではなくって!?」
「ノックしたけど返事なかったからさー、そしたら話し声が聞こえるし。」
「それよりもまず来るなら来るで連絡してくださらないと困りますわ!」
「連絡したけど、瑠々と話してたから通じなかったんだよなー。」
「そ、それなら…、それなら…!」
痴話喧嘩の内容からすると、カノンの部屋にアレクが入ってきたらしい。え、この二人いつの間にここまで仲良くなっているの…?しかもこの感じだと、あれから何度も会っているようだ。私の事は放ったらかしで進んでいく会話にわくわくとした気持ちが止まらない。どんなに悩んでいたとしても人の恋バナは楽しいものなのだ。
「というか、わたくしは瑠々とお話しているんですのよ!邪魔しないでくださる!?」
「いや、全然大丈夫だよ。…二人っていつ付き合ったの?」
これは聞かないとならないだろう。というか恋バナがしたい。
「は、はあ!?何をおかしなこと言ってらっしゃるの!?」
照れているカノンの様子が頭に浮かんでうきうきとした気持ちが止められない。
「いや、いいんだよ、隠さなくて。というかカノンに初めて名前呼んでもらえた、嬉しい。」
「な、名前くらいで大げさですわ…。いや、そうではなくって…!」
「いやー、俺もカノンに名前呼んでもらったことないんだよな。」
「は、はあ!?呼ぶ必要ありませんもの!」
「そろそろ呼んでくれると嬉しいんだけどなー。」
「ねー、呼んでほしいよねー。」
アレクに同意を求められたようで便乗しておく。この二人の様子が目に浮かぶようだ。
「…っ、…アレク。…ほ、ほら、呼びましたわよ、これで満足かしら!?」
いや、めちゃくちゃ可愛いな。音声だけのはずなのにこっちがドキドキしたわ。
「…っ、思った以上に嬉しいな、これ。…よし、じゃあ俺は満足したし戻るかな。瑠々、またタイミングが合えば話でもしような。」
「うん、またね。カノンと仲良くね。…アレクも頑張って。」
なんだかいい雰囲気の二人を知れてこちらは満足である。
「おう、俺はカノンの事好きなんだけどなー。それじゃ、また来るわ。」
「っ!!け、結局何しに来たのかしら!別に待ってなどおりませんし!」
僅かにアレクの笑い声が聞こえる。いや、普通に告白していったけど、これ、は…。
「…付き合ってるよね?」
しつこいと怒られてもいい。これは付き合っているだろう。
「付き合ってませんわ!あの男はいつもいつも、ふと現れて揶揄っていくんですの!どうにかならないんですの!?」
「えー、そう言われてもなー。アレクは誰にでも優しいし、なんなら勘違いするようなことも言うけど、わざわざ危険を冒してまで会いに来るなんて思わなかったけどな。しかも何度も来ているんでしょ?」
さっきとは立場が逆になっている。なんなら怜王のことよりもカノンとアレクの事が知りたくなっている自分がいる。
「他の人間にも同じことをしていますわ、きっと!…それに、それに、わたくしとは寿命が違いますもの。いくら一緒に居たところで見送るのはわたくしなのです。」
あ…、そっか。いくら想い合っていたとしても、一緒に老いていくことは出来ないのか。カノンのその切ない声に調子に乗って聞きすぎてしまったと後悔した。
「ごめん、無神経な事言った。」
「別に謝られるようなことではございませんわ。ちゃんとわかっておりますもの。…そう考えると、魔王様がそっちに行ったのも何となくわかります。」
「え?」
「わたくしは違いますけど。愛する人が出来てしまうと、その後の生に意味などないのです。笑い合う時間が無くなってしまうのは、すごく辛いものだと思いますわ。…わたくしは違いますけれど!!」
「念押しするじゃん。…でも、そっか。それは軽率には決断できないね。私はカノンの事が好きだから、幸せになってほしいと思うし、どんな答えを出したとしても肯定するよ。」
「あなた…、よくそんな恥ずかしい事言えますわね…。」
「あ、また名前呼びが戻ってる。」
「い、いや、これは癖で…、」
カノンとお互いの相談をしながら会話は続いていった。…最後の方はほとんど愚痴ばっかりだったけど。
話に夢中になっていると寝る時間が大幅に過ぎてしまっていた。名残しいがそろそろこの会話を終わらせなければならなかった。
「カノン、今日はありがとう。またお話ししようね。…怜王とも、早めに…、明日!というかすでに今日?にでも話してみる!!」
時計を見ると、時刻は夜の十二時を越していた。
「ええ、またお話しましょう。話し合いが上手くいくことを願っておりますわ。」
その言葉を最後にぬいぐるみからは何も聞こえてこなくなった。なんだか寂しいけれど、カノンに励まされて心がすっきりした。
怜王と向き合って話をするのは勇気がいるけど、ちゃんと話さなければならない。怖くて逃げ出してしまいたいが、逃げ出したところで解決するなんて思えなかった。
そのまま布団に入って目を閉じた。カノンと話をして頭が冴えたのもあるが、朝目覚めた後の事を考えると緊張して寝付けなかったのだった。




