27.不審者には要注意
怜王の隣で笑い合っている夢を見た。私はどこかに行こうとしていて、その行き先を怜王には伝えていなかったのだけど、その場所に行くと何故か怜王が居て。私はいつものように呆れながら怜王の肩を叩いていた。別れ話なんてしていなくて、ただただ幸せだった。
…起きたときは自分の未練がましさに絶望してしまった。目元に手を当てながら、ふう、と大きなため息を吐くと怠い体を起こして居間に向かった。
用意されていた朝ごはんを食べて制服に着替えた私に、お母さんは「今日くらい休んでいいのよ?」と優しく声を掛けてくれた。その気遣いは嬉しかったけど今日一日家に居ても色々と考えてしまいそうで嫌だった。それに、一日休んでしまうとそこからずるずると引きずって学校に行けなくなりそうだ。
当たり前なことだけど怜王は迎えには来なかった。昨日まではどれだけ家を出る時間を変えても玄関の前に現れていたというのに。それが日常となってしまった今、無意識に姿を探してしまって自分が嫌になる。教室に着いても隣の席に怜王の姿は見当たらなかった。寂しい気持ちになると同時にほっとした。
会ってもどういう顔をしていいのかわからなかったからだ。声を掛ける勇気もなければ、無視をすることも出来ない。きっと顔を見たら泣いてしまうだろう。それに、学校に来ていないのならば向こうに戻ったのだろう。
もちろんもう会えないという悲しさは付き纏っている。…でも、これでいい。今は会えないことがこんなにも悲しいけれど、会わないことが日常になったらこの気持ちも忘れられるだろう。そう自分に言い聞かせると席について教科書を開く。今日は数学の小テストがある日だ。余計な事を考えなくて済むように、その問題に集中していると「おはよう。」とくぐもった声が聞こえた。
反射的に挨拶を返そうと顔を上げた時、サングラスとマスクをした怜王?が居た。
???
幻覚…か??
いやいや、そんなおかしな幻覚があってたまるか。なんだ、その不審者スタイルは。周りもその異様な姿にざわざわとしている。
「え…っと、怜王…だよね?」
確認せずにはいられなくて、思わず声を掛けた。
「ああ。…あ、ここの問題の答えが間違っているぞ、こっちの公式を使うんだ。」
「え、あ、本当だ、ありがと…。」
親切にも、私が開いたノートを見て指摘される。当てはめてみたらちゃんとしっくりきた。流石、成績上位者は違うな…。
…いやいや、そうじゃない。その恰好の意味を聞くために口を開こうとしたときに、丁度チャイムが鳴って聞くタイミングを逃してしまった。
先生が教室に入ってきて朝礼を始める。
「じゃぁ朝礼をはじめ…、サングラスは外しなさい。」
怜王は早速先生に注意されていた。当たり前だ。
「すいません、今花粉症で。」
ちなみに今は冬である。嘘をつくんじゃない。
「そう…か…?」
なぜだか先生は押されている。しっかりしてほしい。
「はい。」
怜王はこの嘘を突き通そうとしている。さすがに無理があるのではないか。
「…そうか。そういうこともある…か。」
いや、ないと思う。先生。
そんな私の思いも空しく、怜王のサングラス着用は許されていた。
そこから怜王はずっとサングラスとマスクを外さずに授業を受けていた。最初は何事かとざわついていた教室も、昼頃になるとみんな慣れてしまったのか、そこに触れる人は居なくなっていた。
そんな光景に私は悲しんでいいのかよくわからない感情と疑問を抱えたまま授業を受ける羽目になるのであった。
そして今は昼…なのだが、まあ…私は友達が居ないので自分の机で一人、お弁当を広げて食べている。そしてそれは怜王も同じで。ただ、困った事に席が隣なのだ。
き、気まずい。
…気まずい、はず、なのだが…。
「瑠々、土曜日一緒に出掛けないか?そろそろ新しいペンケースが欲しいって話していただろう?」
「言った…けど…、」
怜王は昨日までのことはなかったかのように普通に話しかけてくる。
あれ!?昨日別れ話したよね!?サングラスとマスクを着けていること以外はいつも通りの怜王に頭が混乱する。さっきから感情が行方不明になっている。…というかマスクしながら食事って器用すぎるけど邪魔じゃないのかな…。
会ったら泣いてしまうと思っていたけれど、こんな感情になるとは想像もしていなかった。そのおかげか、涙は出てこないから良かったけど…。
「あのさ…、なんで今日そんな恰好なの?」
聞きたいことは色々あるが、一番聞きやすい話題に逃げてしまった。
「こうすれば顔が見えないだろうから…。こうすれば瑠々も大丈夫かな、と思ったんだ。」
確かに視線を向けられたら辛いって言ったけど…。
なんでまだここに居るのかを一番聞きたかったけど、生憎ここは教室で。クラスメイトの前で別れ話を掘り起こすような真似はしたくない。
「そっか。」と返事をしたっきり、それ以上言葉を紡ぐことも出来ずに黙々とお弁当を食べ続けた。その後は怜王も話しかけてこなかったし、移動教室の時も一人で行動した。
そうして授業が終わって迎えた放課後。
朝は晴れていたけど、帰りは生憎の雨だった。折り畳み傘を持って来ていて良かった。こうじめじめしていると、余計に気持ちが沈んでくる。傘を開いて帰路に着くと、視線を感じた。…というか、なんかちょくちょく視界に入ってくる。
「…怜王、何してるの。」
そのまま無視しようかと思ったけど、結局話しかけてしまった。だって、雨が降っているのに傘もささずに視界に入ってきたら気になって仕方がない。しかも地味に遠い位置に居るし…。
「一緒に帰れたらと思って…。」
しゅんとする姿に絆されてしまいそうになる。いや、でも離れるって決めたんだ。
「…私、離れたいって言ったし、別れたよね。」
このままだとまた同じ結果になってしまう。心を鬼にしなくては。そう決意を固めていると、怜王は顔を上げた。
「私は別れることに承諾していないし、好きにさせてもらうとも伝えた。」
サングラスとマスクをしていて表情はわからないが、怜王の決意も固いようだった。
「でも、瑠々を傷つけたいわけじゃないから、今は私が瑠々を好きな気持ちを知ってほしい。」
そんなところが好きで苦しくなるのに。泣きそうになっている私の様子に気付いたのだろう。怜王は少し慌てた様子で、「ごめん、視界から見えないようにするから、見守るだけ…、」と言って離れようとしていた。
「風邪、引くでしょ。傘は?」
自分でもどうして引き留めたのかわからない。下を向いたまま怜王の制服の裾を握っていた。
「傘は忘れたが…。」
怜王もどうして引き留められているかわからない様子だった。
「狭くてもいいなら、入っていけば…。あと、サングラスとマスクはしなくていい。」
「いいのか…?」
もしかしてずっと付けて来るつもりだったのだろうか。
「でも、今日だけだから。明日からは一緒に帰らない。…だから、早く向こう帰ってよ…。」
「ありがとう。」
帰って、という言葉に対する返答はなく、サングラスを外している音が聞こえた。肩が触れそうになるほど近くて、それに性懲りもなくドキドキと胸が高鳴った。これで最後。今日は雨が降っていて、私の傘に入れなかったせいで風邪を引かれたら困るから。そんな風に自分に言い訳をしたのだった。




