19.逃げることだって戦略の一つ
…よし、平常心だ!!
「怜王、おはよう。」
「おはよう、今日も可愛いね。」
「…っ、」
気合を入れてから教室に入って怜王に挨拶をしたが、思わぬカウンターが入ってしまった。いつも通りのはずなのに異様に照れる私を怜王はニコニコと見ている。正直こちらだってこんな乙女みたいな反応をしたくはない。
「今日は転校生を紹介するぞ。」
そんな声と共に先生が教室に入ってきた。
その瞬間に昨日の出来事を思い出し、嫌な予感が浮かんで怜王の方を見ると明らかに嫌そうな顔をしていた。
「皆様ごきげんよう。カノン・バルドーと兄のアレクですわ!」
「あー…、よろしく。」
嫌な予感が見事に的中した。すっかり忘れていた私も悪いが、まさかこんな形で再会するとは思わなかった。
いきなり転校生が二人も来て教室内はざわついている。カノンは生えていた尻尾と角を隠しているくらいだし、アレクに至っては変装なんて何もしていない。怜王とは違って外国人の設定で通すつもりのようだ。…それにしても、異世界人ってみんなどうやって学校に入学してるのだろう…
「え、美人過ぎない!?」「綺麗ー…!」「外国人…?でも日本語喋れてる…。」「双子?似てないな。」
そんな声が聞こえて共感を覚える。さすがに双子設定は無理があるって私も思ったよ。
「静かにー、そしたら二人は廊下側の空いている席に座ってくれ。」
先生が指示を出すと、二人は指定された窓際の席へ移動した。
移動の途中で目の前を通った時にカノンと目が合うと思いっきり睨まれてしまった。その後ろでアレクは手で謝るポーズを取っていて、この状態に巻き込まれているというのが伝わってくる。アレクの様子が落ち着いていることから、カノンから色々聞いたのかもしれない。その様子を見てアレクに向かって苦笑いを零すと、横に座っている怜王から冷たい空気を感じる。小声で怜王に大丈夫な事を伝えたが、怜王の顔は未だ不機嫌そうだ。その表情を見てカノンは顔を青くすると、そそくさと目の前を過ぎていった。
昨日のカノンの捨て台詞はこういうことだったのか…と頭を抱えていると、後ろから女の子のはしゃいでいる声が聞こえた。どうやらアレクはこちらでもモテてるようだ。長身で美形の上鍛えられた体の彼は、高校生の女の子にはどうしようもなく魅力的なようだ。カノンもカノンで既に高値の花のような扱いになっている。男の子から話しかけられてはいないものの、視線を独り占めしている。きっと妖艶すぎて近づけないのだろう。あ、今カノンが微笑んだだけで目が合った男の子が倒れた。高校生には刺激が強すぎたようだ。…倒れた時に音が凄かったけど大丈夫なのだろうか。魅了するのはいいとしてせめて悪さだけはしないでいてくれることを願う。
その後の授業や休憩時間に二人から話しかけられることもなく、(というより人に囲まれて出てこれなかったというのが正しいが)時間が過ぎていった。
授業の内容などわかるのだろうか…?と不安に思っていたが、かろうじて文字は読めるようにしているようだ。…まぁ、内容までは理解出来ていないようだったが。
そんなこんなで迎えたお昼休みである。にこやかに張り付けたような笑みを浮かべた怜王が二人を呼び出して(問答無用で連れて来たともいう)屋上に連れ出していた。
「魔王さ…っ、「さて、一体どういうつもりだ?」
カノンの言葉を遮る冷ややかな声で思わず背筋が伸びた。カノンに至っては隣にいるアレクの背中に隠れてしまっている。…あれ、この二人いつの間にそんなに仲良くなったのだろう。
「私は帰れと言ったはずだ。それなのに何故ここに居る?」
「で、でも、魔王様、やめるなんて…!」
「くどい。さっさとそいつを連れて帰れ。」
取り付く島もない怜王にカノンは涙を浮かべている。こちらに居てもらっても困るのは確かなんだけど、段々と可哀想に思えてきた。
どうしたものか、と悩んでいるとカノンの目線がこちらに向いて、キッと睨め付けられた。
「やっぱり…やっぱりその女がいるからですか!?だからそんなことをおっしゃるの!?前は…!前はあんなに優しくしてくれたのになんでですの!?わたくしはあの日々を忘れた事なんてないですわ!」
「いや、それ「…は???」」
三人の視線が私に集中する。そんなことを気にする余裕もなく、先程の言葉が脳内で反芻した。優しくしてくれた?あの日々?何その意味深な言葉。え、魔王の立場の者が綺麗でその上色気が駄々洩れしてる魅力的な人に優しくする日々を送ったって?その言葉に親密な関係を想像させられて胸の奥がムカムカしてくる。
「え?何?優しくした日々ってどういうこと?」
「いや、瑠々、なんか勘違いをしている。それは昔の話で…。」
思わず怜王に問いかけると何やら焦った様子で弁明しようとしていて、その様子が余計苛立ちを募らせた。
「別に?過去にどんなことをしていても今更どうしようもないですけど?経験がたくさんおありでしょうし?」
どうしてこんなにもイライラしてしまうのか。口から出た厭味に自分に対して嫌悪感を抱いてしまう。なんだか居た堪れなくなって怜王の方を見れずにつま先に目線を集中させてしまう。
「瑠々。」
優しい声で名前を呼ばれてそっと抱きしめられた。
「な、なに…、別に、過去なんて気にしてないし…!」
頭を撫でられると、その優しい手つきに縋りついてしまいそうになる。
「言いづらいのだが…、カノンが言っているのは幼少期の事だ。」
「え…。」
抱きしめられている怜王の体から振動が伝わる。…どうやら笑いを堪えているようだ。
「…っ、幼い頃よく遊びに付き合っていてな。…っふ…、だからそうだな、妹のようなものだ…っ。」
か、勘違い…!一気に顔に熱が集まって火が出そうだ。
「は、恥ずかしくて消えたい…!というか笑いすぎ…!というかややこしいの!」
「それは困るな。…っ、瑠々が可愛すぎるのがいけない。…嫉妬してくれたのだろう?」
しっと…?その言葉が脳内を駆け回る。意味を理解した途端今までの自分の感情が思い出されて羞恥心でどうにかなってしまいそうだった。
「う、うわぁぁぁぁぁ…。」
顔に手を当てて言葉にならない声が口から洩れた。だってこんな、みんなの前で…、みんな?
その瞬間今の状況を思い出して頭からサーっと血が引くと周りを見渡した。
アレクは「落ち着いたか?」と言って苦笑いをしているし、カノンに至っては「あんな魔王様のだらしない顔は初めて見ましたわ…。」と言って唖然としている。
怜王は周りの事なんて全くと言って気にせずに「初めて嫉妬してくれた…!大丈夫、私には瑠々だけだよ。そんな表情もなんて可愛んだ…!」と何故だか感動している。
自分がこんなにも面倒くさくて人前でいちゃつくような人間だと周知されてしまったようで、恥ずかしさが上限に達した。
そう、逃げるが勝ちである。…というかあの空間に居られる訳がない。どちらかというと敵前逃亡と言った方が正しいだろう。という訳で、怜王の腕の中からするりと抜け出すと、お弁当箱を速攻で片付けて「先に戻ってるから!!」と言ってダッシュで教室に向かったのだった。この時の私は自分史上最高速度を出していたに違いない。
怜王達三人戻ってきたのは授業が始まるギリギリの時間だった。そのため話し合いがどうなったのかを聞く余裕が無いまま放課後になってしまったのだ。




