第十三章 「魔女」 13-1
馬車は南へと向かいます。
ベオルマの街を出てから半日して次の街に着きました。そこでも一泊して更に南下します。
魔法学校を出発して4日が経ち、この頃になってくると流石にお喋りの回数も減り、みんな窓の外をぼんやり眺めて過ごします。車窓から見える景色は寒々としていました。空は曇り、どんよりとしていて目に重く、まるで大地を抑え付けているかの様です。そのうえ景色は単調で、なだらかな丘が連なったそこは牧草地ばかり。朝日にとってみれば広大な草原は最初こそ異国情緒を感じて感激していましたが、それも慣れてしまえば退屈なものに変わっていました。
牧草地には群れる羊や牛などが居て、ボーっと眺めるこちらの事を向こうも見つめてくるのでした。時々、野生の動物などが馬車を素早く横切ったりして、そんな時には「どこ?どこ?」と、みんなで窓を覗き込み暫く賑やかになるものの、また静かになります。
(馬車の移動ってこんなにも時間がかかるものなのかぁ……)
朝日は街道に植えられた街路樹が流れていくのを暇潰に数えているうち眠ってしまいました……
「……んー、?」
メイベールが目を開けると、ルイスが微笑んでこちらを見ています。
「フフ、起きたかい?」
彼女はまだ寝ぼけているのではないかと思いました。目の前には憧れる人の優しい笑顔があるのですから。白い肌もサラサラの金髪も鮮やかな青い瞳も斜光に照らされて煌めいていました。
「⁉……もっ、申し訳ありません!わたくし、いつの間にか寝ておりましたわっ」
「いや、いいんだ。」
彼はフフフと穏やかに笑っています。いつから寝顔を見られていたのだろうと、彼女は体が熱くなるのを感じました。
「ほら、見てごらん。海が見えてきたよ」
「え?海?」
窓を覗くと西日を反射して波がキラキラと輝いているのが見えます。
「ほんと!海が見えるところまで来ましたのね!」
同じく眠っていたエミリーとアイラも歓声に起きました。
「あら……海だわ。やっと着いたのね」
「わぁ、海だ」
海岸線に沿って伸びる街道にはレストランや劇場、立派なホテルなどがひしめき合っています。そこは保養地としてブリトンでも人気のビーチなのです。
馬車は一段と豪華な表構えの建物の前で停まりました。
「ここは王家の別荘だ。さあ、降りよう。今日の宿だよ」
使用人が馬車の扉を開けてくれました。その瞬間、フワッと磯の香りが鼻に抜けます。
「わぁ、この匂い、、、」
海に来たんだという感動も束の間、突風が馬車の中を吹き荒れました。
冷たい海風に顔を撫でられ、乱れた髪を押さえつけているうちに鼻先は氷の様に冷たくなって磯の香りなどあっという間に消え去ってしまいました。
「風が凄いな!」
ルイスが外に出て扉を押さえつけ、身を挺して風を防いでくれました。どうやら風魔法で流れをいなしているようです。
「さ、早く中へ」
みな、慌てて屋敷の中へと駆け込みました。
ロビーでは付いてきた使用人達が荷物を下ろしたりして、慌ただしく準備に追われています。
「おいで、ラウンジに行こう」
ルイスの後を付いて行きます。皇太子自ら案内する事を疑問に思い、朝日は聞きました。
「誰も居ないのですか?」
「ああ、今はシーズンじゃないからね。夏になればこの海も保養に来た人々で賑わうんだ」
屋外は風が吹きすさび、海は荒れていて荒涼としています。人ひとり歩いていません。窓の外を眺めていた朝日にルイスが指をさして教えてくれます。
「ほら、あそこがワイト島だよ」
指し示す先には霞んでいて良くは見えませんが、島影があるようです。
「え⁉ワイト島ってあんなに側なんですの?」
エミリーが笑って言います。
「そうよ?ブリトン領ですもの。どこだと思っていたの?」
「わたくし、南の島だと言うのもで、てっきり熱帯の島を想像しておりましたわ」
「フフフ、外国は流石に思い付きで行く事はできないわ。でも目の前の海峡を越えればすぐそこが異国なのよ」
ルイスが暖炉へと向かいます。
「寒いな。火を起こしてあげよう」
それを見て使用人が慌てて駆けてきました。
「ルイス様!そんな事はなさらないでください!すぐに準備いたしますので、」
「ハハ、これくらいやらせてくれ。でないとお婆様に叱られる。……おや?薪が無い様だ」
「ただちに!」
使用人が薪を探しに駆けていきます。
「ふむ。着いたばかりで勝手が分からないだろうから、私も探しに行こう」
「なら、わたくしはお茶の準備をしようかしら」
少し待っていてくれと、ロンド兄妹は行ってしまいました。
朝日とアイラは顔を見合わせました。
「アタシ達も何かした方がいいかな?」
「ですね、」
いくらここが王家の別荘だとはいえ、王族に準備を任せて自分達はくつろぐわけにはいきません。二人は歩き出しましたが、広い館内では使用人達も右往左往していて手伝える雰囲気ではありませんでした。彼らはルイスが起こした突然の行動に付いてきただけなのですから、この館の事は何も分からないのです。
「ちょっと中を見てまわろっか」
「いいですね」
忙しそうな使用人たちを横目に、二人は広い館内を散策しました。長い廊下のロビーはギャラリーとしても使われているらしく、壺や絵画、彫刻など海外様式の美術品が並べられています。天井を見上げれば傘をひっくり返したような形のシャンデリアが吊り下げられ、そこにはめ込まれたステンドグラスは精緻で、ブリトンでは見た事のない意匠が凝らされています。壁を見ればその壁紙にはツタを模した模様が並び、これもどこかブリトンとは違った趣を感じます。どうやらこの館は外国の様式をふんだんに取り入れて作られている様でした。
廊下の突き当りを曲がると奥まった所に離れのようにして部屋が1つあるようです。この部屋はどうなっているのだろう?と、興味をそそられ入ってみる事にしました。扉を開けて二人はたじろぎます。そこにはお茶を飲む老婆が居たのです。




