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皆の世話をやいてくれる爺はとてもお喋りでした。
「坊ちゃまのお世話をして20年!今日ほど驚きと喜びに満ちた日はありません!」
みんなからは坊ちゃまと呼ぶたびにクスクスと笑いが漏れていました。
「爺……」
テオの眉間にシワが寄ります。
「おっと、失礼をば。昔からこう呼んでおりましたゆえ、ご容赦を。テオお坊ちゃま」
爺は仰々しく大きく腕を振ってお辞儀をするのでした。またみんなからは笑いが漏れ、テオは首を振ります。
爺はお構いなく喋り続けます。
「早くに亡くなられた奥様に代わり、この爺めがお世話をさせていただいてきたのです。ええ、身の回りの事は全て。食事などは手がかかりましたな。坊ちゃまは熱いのが苦手で出来立ての料理をわたくしめがフーフーと冷ましてから食べさせてあげていたくらいです」
夕食の準備を進めながら話し続けます。
「やめてくれ、爺」
爺はテオの前に料理皿を置いて一言、
「フーフーいたしますか?」
彼は頭を抱えました。
「しかめっ面しているだけでは分かりませぬぞ?あーあー、ここの親子ときたら、父と息子揃って仏頂面ですゆえ、こうして爺めが喋る羽目になるのです。ゆくゆくは坊ちゃまもベオルマをお継ぎになるのですから、社交というものを学ばねばなりませぬ。爺も生い先は長くは無いのですぞ。後を任すことになる将来の奥方様はグイグイ引っ張ってくれるくらいの方がよいと思います」
爺はメイベールへ、にこやかに笑いかけます。
「ベオルマの料理はお口に合いますかな?」
食後のティータイムになっても爺のお喋りは止まりません。
「まさか坊ちゃまがご友人を連れてくるとは。メイド達などは陰でコソコソ言っていたのです。坊ちゃまが魔法学校を卒業するまでに、誰か気の知れた相手をお連れするかどうかと。あの者どもはあろうことかソレを賭け事の対象にしていたのですぞ!わたくしめは言ってやりました。坊ちゃまは心優しいお方ゆえ、友人くらい一人はいるだろうと」
「プッ!ひとり、フフ」
ルイスが思わず吹き出します。みな口を挟むことはやめ、笑いを堪えながら爺の話に聞き入っていました。
「先日は、わざわざこの爺を相手にダンスの練習がしたいと言ってこられたのです。流石にその時は心配いたしましたとも。この年寄しかお相手がいないのか?と」
テオが頭を振りながらルイスに言います。
「頼むからジャスパーにこの事は言わないでくれ」
ルイスは口を押えてフフフと殺し笑いするばかりです。
「けれど、ダンスの練習が必要ならそれはお相手がいるという事でございますでしょう?学校ではどのように過ごしておられるのかほとんど喋ってくれない為に心配しておりましたが、5年間!5年間待ってようやく今日という日を迎えられたのです。今、爺は喜びに胸を熱くしております!ええ、わたくしの一人勝ち。5年分の掛け金は全てこの爺のものにございます」
ハハハハハハ!と、テオに気を使っていた皆からもとうとう笑い声が溢れました。爺はそんなみんなに対してウィンクしてみせるのでした。お茶目な性格のようです。
こうして一人を除き、楽しかった夜は過ぎました。
朝になって旅立つまえに、ルイスが真面目に言いました。
「昨日は楽しいひと時だった。突然の訪問にも温かく迎えてくれた事、感謝する。ご当主には”友人”が訪ねて来たと伝えてくれ。」
「ええ、”ご友人方”がおいでになった事、過不足なくお伝えいたします。」
バトラーはまた姿勢を正し、お辞儀をするのでした。
「差し出がましい事とは存じますが、長年このベオルマ家に仕えてきた老輩として申し上げます。当家には一切のやましい事などございません。それはバトラーの誇りにかけて誓えます。なにとぞ御父上様にはそのように言ってもらえますと、この爺めの冥途の土産となりましょう」
「ああ、分かっている。ベオルマはこれからも良き友人だと伝えておく」
爺が体を起こすと、その顔は晴れやかなのでした。
明星はコッソリ朝日に話しかけました。
「一人で大丈夫か?」
「おにぃまでアタシを子ども扱いするぅ。大丈夫だよ。一人って訳じゃないんだし」
「そうか。迎えには行くから。それまでしっかりな」
「うん。待ってる」
爺がまた深々と頭を下げます。
「では、お嬢様方も行ってらっしゃいませ。」
アイラは応えました。
「行ってきます。」
去っていく馬車を見送り、テオは言いました。
「また帰って来れる日もあるだろう」
「はい……」




