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テーブル席から暖炉の前へと移動して、おしゃべりは賑やかさを増しました。
暖炉というのは家の中で最も居心地のいい場所。そこは家の顔でもあります。此処の主がいったいどんなことに興味を持っていて、招いた客人に何を披露したいのかが自ずと現れる場所です。
例えば敬虔なブリトン聖教会の信者であれば、暖炉にある装飾棚のマントルピースには聖書が置かれていたりして、その一節を集まった人々に説いたりします。
聖書でなくても感銘を受けた本を置いておきその物語を話題に上げたり、絵画好きの貴族であれば自分がパトロンとなって描かせた絵を飾って、その評価を求めたりもします。
此処、ケステル家の主はよほど狩が好きと見えて、暖炉のある壁面には自らが狩ったと思われる獲物のはく製や毛皮がズラリと飾られているのでした。その趣味は自然と子供達にも引き継がれているのです。
皆がくつろぐ場にジャスパーが1頭の犬を連れてきました。
「どうだい?美しいだろう?」
自慢げに見せてくれたその犬はセターと呼ばれる種類の狩猟犬です。垂れた大きな耳が特徴的で、そこから伸びる長い毛は緩くウェーブがかかっています。よく手入れされた毛には艶があり、まるで乙女の髪の様。けれど、長い体毛の下には隠れて分かりづらいですが、しなやかな筋肉をまとっていて、獣が持つ野性的な美しさも兼ね備えているのでした。
「おっきいですわね!」
「ほんとに、」
エミリーが声を上げて驚き、アイラは少し怯えた様子です。
ジャスパーが犬の背中を撫でながら説明しました。
「名前はダンだ。セターと呼ばれる犬種だよ。この種の狩猟犬は毛の色が白や、黒や、茶色のまだら模様が多いんだけど、うちのは全身赤毛なのさ。赤毛のセターを飼っていいのは我がケステル家だけと、お父様が領内に御触れを出してあるから、見られるのはここだけだよ」
ルイスが呆れて言います。
「これほど赤にこだわっていると、呆れるのを通り越して感心するよ」
「どうもありがとう。」
ルイスの皮肉にも笑って応えるジャスパー。ワインのおかげで気分が良いのでした。
「けれど、赤毛と言ってもまだまだ茶色っぽいけどね。この子はうちで飼っている中でも赤色が鮮やかな方なんだ」
「お兄様のお気に入りですのよね」
「ああ、」
ケステル家では数十頭のセターを飼っており、狩を行う際には草原や森を群れをなして駆け回るのは壮観なものです。しかも赤毛で統一されているので、犬たちが駆け回る姿はまるで炎が揺らめくようだと、狩に参加した貴族からは羨望の眼差しを向けられます。
ケステル家だけが赤毛を飼えるとしたのは当主が権力を誇示したかっただけではなく、セターに新しく子供が生まれるとその子を贈り物として外交手段の一つにしているのでした。
ジャスパーも幼いころからこのセターに慣れ親しみ、父親から送られた特別に赤い子を大切にしているのです。彼は屋敷に帰ってくると、この子をずっと離さず連れて回るのがお決まりでした。お屋敷の中に上がっていいのはこの子だけで、後の犬たちは立派で大きな犬小屋で大切に飼われています。
エミリーが興味ありげに聞きます。
「撫でても平気かしら?」
「ああ、大丈夫だよ。セターは体が大きいが、獰猛な事はない。むしろ人懐っこい犬種だよ。それに人には吠えたり、噛みつかない様しっかり訓練されているからね」
エミリーが撫でてみようと椅子から立ち上がろうとしたのを、メイベールが遮ります。
「見てて、」
そして犬の名前を呼びました。
「ダン!……ダン!」
犬は自分の名前を憶えていて、呼ばれると反応します。しっかり犬の目を見てこちらを認識しているのを確認してから彼女は命令しました。
「カム!」
手で招くジェスチャーをして、声と行動の二つで指示を出します。
犬は呼ばれていると判断し、メイベールの元にやってきました。彼女が更に命令します。
「サイド!」
自分の太ももを叩きながら指示すると、メイベールの横にピタリとくっついて次の指示を待つのでした。
「オーケー!いい子ね」
ちゃんと言う事を聞いたのなら、頭を撫でて褒めてあげます。吠えたりはしませんが、その尻尾は喜びを表して揺れています。隣のエミリーも一緒になって撫でます。
「とても賢いのね!」
アイラも側に来て撫で始めました。
「うわぁ、凄くツヤツヤ」
ジャスパーは火かき棒を手に取ると、壁に吊るされていた毛皮をひっかけて手に取りました。それに気づいた犬が「クゥーン、、、クゥーン、、、」と物欲しそうに鼻を鳴らします。前足はその場で足踏みし、尻尾はブンブンと勢いよく振れました。
「ウェイト!吠えちゃダメだぞ?」
彼が唇に人差し指を当てました。犬は興奮を堪えてじっとします。
ルイスが聞きました。
「それが狩ったキツネか?」
「ああ、そうだとも。僕が狩ったんだ、凄いだろろう?コレは記念の尻尾だよ」
持っている尻尾を誇らしげに掲げて見せます。
「まあ、僕が獲ったと言っても、きっとお父様が譲ってくれたのだろう。去年は結局この一頭しか獲れなかったんだ。昔は狩った獲物を積み上げる程いたそうだが、お父様が冬の間はずっと狩りをするから獲り尽くしたか、他の領地へ逃げていったんじゃないかな?」
「ほう、獲れなくても楽しいものなのかい?」
「ああ、楽しいね。犬たちを野に離し、一緒になって馬で駆け回るのは楽しいし、獲物が見つかれば興奮もするからね。獲れるに越したことはないが、狩り自体は外で駆け回る為の口実の様なものさ。キツネ狩りというのは元々は騎士が馬術の訓練に行っていたものだそうだよ。今は戦いが無くなって久しいから伝統だけが残っているのさ」
「ふむ。そういうものか」
「残念ですわ。ルイス様とも今年は狩をしたかったのですけれど……」
「そうだな。いつかやってみたいものだ」
「皇太子殿下を招くとなると、こちらも入念に準備をしないといけないな。狩場にしている村はお祭り騒ぎになるだろう」
ジャスパーは持っていたキツネの尻尾を放り投げました。それは安楽椅子に揺られてうたた寝をしていたテオの膝の上に落ちました。
「ゴウ!獲ってこい」
不意を突かれた犬は一瞬、獲物を見失いました。ジャスパーが指をさしてゴウ!ゴウ!と指示します。慌てる犬はテオに駈け寄ると、体に覆いかぶさって顔をしきりに舐めまわしました。
「うっ!わっ!なっなんだ!?ちょっ!」
「ハハハ!テーオー、髪だけじゃなく顔も真っ赤じゃないか?仲間だと思われたんだろうよ。ハハハ!」
その場は笑いに包まれました。




