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王都ロンド。その中心地に建つ王宮の一室で、ブリトン王国の行く末を左右する重要な会議が開かれていた。
「どうしたものか……」
立派な法衣をまとった老人が呟いた。ブリトン聖教会の大主教である。
老人は呟きに対する返答を求める様に王に視線を投げた。
「うむ……」
王もまた言葉を濁す。
議題に上がっているのは建国祭の日に起きた、ある事件だった。それはリード領でおこなわれた祭での余興。リードでは祭りを統治祭と呼び、統治王ケント1世を讃えて夜空に火球を打ち上げるのが習わしだ。魔法学校がある事もあって例年、魔導士による火球の打ち上げは祭りのフィナーレを飾るにふさわしい華やかなものだった。
けれど、今年の火球は祭りの余興とは呼べないほど凄まじいものだったのだ。その火球を見た者達は口々に言い合った『ケント王の再来だ!』と。
ケント1世は絶大なる魔力でもって他を圧倒し、有無を言わせない統治を実現させた。その名残は魔力至上主義という形でいたるところに残っている。国の行政を担う者達は魔力を有する貴族がほとんどだし、序列は魔導の素質によって決まると言ってもよい。末端の役人から始まり、トップの長官、更に上には領主が立ち、そして領主達を束ねる王。上に行くにつれ魔導の才に恵まれた者が自ずと選ばれていく。だから上位に立つからには、立つだけの力を示さなくてはならない。
ブリトン王国は連合王国だ。西のカンロ国、北のスコー国、そして現在、主権を握っている中央のセントランド国。三国が争っていたのは250年以上も前の事。それぞれの国に思うところがあっても、これまでセントランドを中心に連合王国として成立してきた。表向きには。未だ派閥争いという形でどこの国が主権を握るのか、水面下で闘争は繰り広げられている。今、その三国のパワーバランスが著しく崩れようとしているのだ。
答えの出ない会議に、また老人が誰に言うでもなく呟く。
「何のための聖女降臨だったのか……」
聖女とは教会の儀式によって召喚せしむる者のこと。その魔力は他に比類なき膨大なものであるため、度々この国の歴史を陰日向に動かしてきた。
王家は上に立つ者として力を示す為、聖女を召喚し体に宿す膨大な魔力を血統に取り込んできたのだ。今回の聖女降臨もその目的を果たす為のものだった。しかし、ここに聖女と匹敵するほどの魔力を持つ者が突如として現れたのだから、動揺するのも無理はない。
「ハハッ、あの子は才能に溢れる子だとは思っていたが、ケント王の再来とは。元々うちはケントの血筋だからね。ご先祖様に気に入られたのだろうよ」
重苦しい空気を気にすることなく戯れに口を開いたのは王の右側、一番側近に座っていた人物。赤い瞳がにこやかに緩んでいる。
長テーブルを挟み、対面して座っていた大主教が釘をさす。
「笑いごとではありませぬ。」
老いているとはいえ大主教にまで上り詰めた偉才。大貴族相手にも、眼光は鋭い。けれどその視線にたじろぐ様子も無く、赤い瞳は緩んだまま応えた。
「大主教殿は大袈裟に考え過ぎではないかね?私の娘なのだ。我が家の為、ひいてはこのブリトン王国の為、大いに貢献してくれるだろう」
「そのご氏族がどこに嫁ぐかが問題だと言っているのです」
「何も問題はあるまいよ」
「貴殿は御自分の娘がどこに嫁ぐかお忘れなのか?このままではカンロ派を勢いづかせることになりかねないのですぞ!」
少しずつ語気を強くする老人を今度は赤い瞳が鋭く見据える。
「それはセントランド派の言い分でしょう。私はこのブリトン王国の事を話している。」
優秀な魔導士をどれだけ抱え込んでいるかが、国の力の目安となっているのだ。今まではセントランドが圧倒していた。だがしかし、カンロが力を付けたとなれば歴史的に見ても反目してきたかの国で分離独立の動きが出かねない。
連合王国とは例えるなら薄氷の様なもので、誤って踏み込めば簡単にヒビが入り割れてしまいかねないのだ。圧倒的な力を持つ者が現れ、その者がどの派閥に属するかは国の将来を左右する。表面上は綺麗な氷を、踏み抜かせるわけにはいかない。現状維持。それがセントランド派の意志だった。
明確な答えの出ないまま会議は閉じられた。
皆が引き上げていき部屋に残った王と、その友人はお互い小さくため息をついた。
「あのご老人には、そろそろ隠居してもらったらどうだい?」
「フッ、私には任命権はあっても解任権はないよ。王と言ってもこの国の象徴に過ぎないのだから」
「君臨するが、統治はせずって?統治王ケントが聞いたら嘆くだろうね」
「これも革命を起こしたロンド家が築いたものだ。そもそも私はロンドの家系ではない。スコーの山奥から婿入りしたに過ぎないのだから。その事もあのご老人は気に入らないのだろうよ。何としてもセントランドの血筋が主権を維持しなければと考えている」
「如何にも古い考えだ。しかし貴族の婚礼とは未だにそういうものだからね。家の為、この国の為、決められた相手と結婚をする。私も妻と結婚する時、ダンスパーティーで一度踊ったきりで父から結婚相手だと告げられたよ。小さい頃から家の為にと教えられて育ったから、そういうものだと疑いもしなかったが、妻の方も同じだろう。けど、いざ自分の娘を嫁がせるとなると複雑だね。あの子は何も言わなかったが、そのまま口をきいてくれなくなったよ、ハハ」
「君には嫌な役回りをさせてしまったな。娘を政争の道具とするなど」
「キミの息子だって同じようなものじゃないか。誰を娶るのか国の思惑でコロコロと変えられてしまう。今回も”あの者”に頼るしかあるまい……せめて王妃が存命なら、」
赤い瞳は惜しむ様に天を仰ぎ見た。
王も同じように椅子の背もたれに体を預け、何もない天井を見つめながらぽつりと言った。
「……君はまだソフィアの事を、」
フッと笑って赤い瞳が緩む。
「何を言っているんだい。ソフィアとはただの幼馴染だ。そりゃあ、近しい者として特別な想いが無かったとは言わないが、若者にありがちな淡い感情さ。変な事を言わせないでくれ。何もないのだとしても、こんなのはお互いの妻に対して失礼だ」
「そうか……そうだな、悪かった。君がソフィアと同じくこの私を友と呼んでくれることを心強く思う。これからも頼りにしている」
「これかからも、か……」
男は席を立ち、窓際に立った。冬空は鉛色に曇っている。
「私もそろそろ隠居して、余生は狩を愉しみながらのんびり暮らしたいと考えているのだがね」
「おいおい、冗談はよしてくれ。隠居するような歳でもないだろう」
「キミだって来年には王位を譲る気でいるんだろ?私を新王のお目付け役にさせるつもりかい?それこそ冗談じゃない。年寄なんてサッサと若い世代に席を譲った方が世の為さ。どこかの老人みたく権力に固執するなんて、見苦しいったらありゃしない。長い年月かけて凝り固まった思考が対立を生んでいるんだ。それを指摘したところで変える気も、変える能力も失われている」
「手厳しいな。それでも暫くは若者を導く先達は必要だろう?」
「私に出来る事など限られるよ。大貴族として周囲の縁故に縛られている。だからこそ若い世代に譲って、自分は後ろから睨みを利かせるんだ。子供達が自由に動けるようにね」
「君にはかなわないな。よほど私より王にふさわしい、」
「ハハ、再びケントの血筋を王にでも?笑えない冗談だ」




