第二章 「私には悪役令嬢なんてムリ!」 2-1
リード魔法学校。
それは貴族のみが通うことの出来る学校。なぜなら魔法とは貴族だけが使える特別な力だからです。魔法は貴族の家に生まれた者のみに継承され、門外不出の術とされてきました。その力でもって人々を支配し国を統治してきた歴史があります。
ですがそれも昔の話。今は三国に分かれて争っていた時代は過ぎ、ブリトン連合王国として統一されてから魔法の研究は進みました。各貴族の家で秘術とされた魔法も一つにまとめられ体系化されると、理解が進みそこから魔道具という新たな産業も生まれました。
それでも魔法を使える事が特権であることは変わりません。リード魔法学校は昔の伝統そのままに、貴族のしきたりや格式を重んじる学校です。ここに入学することは貴族である証であり、ステータスでもありました。
(長い……)
入学式でリード魔法学校の校長先生から如何にこの学校へ入学できることが特別であり、恵まれた事なのか挨拶のお言葉で長々と聞かされた朝日は少しめまいがしていました。校長先生の話が長いのは異世界でもお約束の様です。
けど、めまいがするのは長い話を聞かされたからだけではありません。この後に控えている入学パーティの事を考えると、気が重いのです。悪役令嬢として振舞わなければいけないのですから。
お昼前に式は終わり、よいよ昼食を兼ねた立食パーティーが始まります。
ここからが本番です。それは朝日だけではありません。他の貴族の息子や娘たちも、この日の為に特別にしつらえた衣装を着てパーティーに臨みます。ここで印象よくデビューを果たせれば下位貴族は上位貴族との接点を掴むことが出来るかもしれませんし、上位貴族も自分の家の格というものを示す機会です。これは言わば、お家の威信をかけたお披露目パーティーでもあるのです。
メイベール嬢にとってはそんな貴族達の事情はどうでもいい事でした。不満は残りますが、既に公爵家の子息であるテオと婚約は交わしているので、下位貴族の事など眼中にありません。接点を掴みたいとすれば、目上の身分である王族くらいです。でもそちらの対応はケステル家を継ぐジャスパーの役目です。だから彼女は如何にこの場で注目を集められるのか?それしか関心はありませんでした。
そんなお嬢様の動機など、朝日にとっては知る由もありません。それよりも一番の目的はヒロインのアイラです。しっかり捕捉してイベントを起こすタイミングを見計ろうと、急いで入学式の為の学生服からドレスへと着替えを済ませパーティー会場に向かいました。
(おにぃ、いるかなぁ?)
まずは明星と合流しておきたい。
会場と思われる扉の前に居た使用人に声を掛けました。
「メイベール・ケステルです。パーティー会場はここでよろしいのかしら?」
「ハイ。どうぞ中へお進みください」
扉を開けてもらって、朝日はひるみました。
(ゲームと全然違う!)
会場となる大広間は以前お城だったものを改装して作られており、長い歴史によって積み上げられた荘厳さを醸しています。その空間に色を添えるのは、ふんだんに飾り付けられた生花。色とりどりの花が華やかな印象を与えています。そしてどこからか聞こえてくる楽団による演奏も、そこが別世界である様に演出されています。
まさに貴族たちの為の絢爛豪華な舞台が目の前に広がっているのです。ゲームで簡略化されたパーティーの様子とは、まるで違うのは当然です。
中では今日入学する生徒の親類や学校の上級生が一足先に集まっています。
会場を埋め尽くす貴族達。その注目を集めたのは一番に登場した真紅のドレスを着る令嬢。今期の新入生の中で最も身分の高いケステル家のメイベール嬢です。誰もがお喋りを止め、飲み物を置き、拍手で迎えました。
(ひぃーーーーー!)
一般庶民育ちの朝日には肝が縮み上がる思いです。何も入っていない胃袋に胃酸が吹き出しチクチクします。キュッとウエストが締め上げられたドレスのおかげで胃酸が逆流するのは免れましたが、顔からは血の気が引き貧血の様なめまいを覚えました。
本当はコッソリ会場に入って明星と合流するつもりだったのに、まさかこれほど注目を集めるとは思っていなかったのです。
全身が震え、足はまったく動きません……いえ、朝日の心境とは逆に体が勝手に動き出しました。
背筋をピンと伸ばし、胸を張ってゆっくり堂々と歩みを進め中に入って行きます。
(ちょっと、まって……あぁ)
朝日は頭の中が真っ白になって意識が飛びそうになりました。その事がかえってよかったのか、体の方は自由に動きました。
心臓はとても早く、バクバクと鼓動しています。けどこの体は緊張ではなく、興奮しているのです。一身に浴びる注目へ喜びを感じているのでした。
来客が小声で言いました。
「あのご令嬢は?」
「ケステル公爵家のご令嬢メイベール様ですわ」
メイベールが持っていた扇子をパッと開き、顔の下半分を隠します。目は会話が聞こえて来た方へ向け、そのケステル家の象徴である赤い瞳で流し目をしました。貴族とはこういうモノだと言わんばかりの振る舞いです。
(やめてーーーーっ!恥ずかしい!)