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広間から逃げるようにして部屋に帰って来た朝日はベッドへ飛び込みました。
(あーーーーーッ、余計な事したなー、もう!)
ベッドの上で暫く足をバタバタさせ悶えました。落ち着いたところで寝返りを打ち、ボーっと天井を見つめます。
天井に開けられた通気口からは十一月に入ってから、暖かい風が吹き込んでくるようになりました。寮は全館空調されているのです。しかしいくら寒くなったとはいえ、部屋は少し暑いくらいに温まっています。『今年の暖房は暑すぎる』と寮長も言っていました。暖房機は魔力石によって動いているのです。なぜこんなにも暑いのか?その理由を考えると、朝日はあの時の事を思い出し、変な汗をかいて更に暑く感じるのでした。まるでメイベールお嬢様のやる気がそのまま部屋に流れ出している様に考えてしまうのです。さっきもお嬢様のせいでまた変な汗をかいてしまいました。彼女には振り回されてばかりです。
ベッドに登り、天井の通気口に付いたつまみを回して口を閉じました。
外はまだ暗いまま。起きてからまだそんなに時間は経っていなかったのでしょう。しかし何時間も動き回ったかのように、物凄く疲れた気分になって朝日はまたベッドに身を沈めました。制服がシワになるので着替えた方がいいのは分かっていますが、そのままウトウトして眠ってしまいました。
◇◇◇
外で早起きな小鳥がチチチッと鳴き始める頃、そのさえずりに反応した耳がピクピクと動いた。
ピクニックバスケットに収まっていた黒い毛玉がむくりと起きあがる。寝床から這い出て、ぐいーっと伸びをする。
真っ先に朝日を受け止めるこの塔の先端でも、まだ部屋は暗い。窓の外はぼんやり明るくなり始めたばかりだ。いつも早起きな主もこの時間はまだベットの中。
けど、暗くても関係ない。まん丸な瞳は僅かな光を捕らえ見通す。物にぶつかることなく、足音さえ立てずに歩き出し、ドアに取り付けられた専用の小さな押し扉から部屋を出た。
トッ、トッ、トッ、と軽快に螺旋階段を降りていく。一階にある牢の格子に頭を突っ込み、昔はすんなり通れたその隙間を強引に抜ける。積み上げられた木箱を踏み台に、囚人の如く鉄格子の窓を覗くと髭に水滴が垂れた。
今朝も霧が濃い。髭が、耳が、体中の毛が朝霧を吸ってムズムズ動く。頭を引っ込め、箱の上で顔を洗って考える。どうしよう?外に出るのをやめようか?
見下ろす畑は白くもやがかかっている。その中を素早く動くナニかが見え、ビクンと尻尾が振れ反応した。
鉄格子は錆びていて1本抜け落ちているので、そこから体をくねらせて這い出る。近くの樽に飛び移り、上から気配を探った。濃い霧の中では音が頼りだ。耳がクルクルと気配を探して回る。
ちょん、ちょん、小鳥が地面を跳んでエサを探していた。くちばしが何かをついばんで、その度に尻尾がピコピコと揺れている。
その姿に毛玉が野生だった頃の本能が刺激される。目はよく見ようと瞳孔がまん丸に開き、いつでも飛びかかれる態勢で突き出したお尻がうずうずと揺れた。タイミングを計り、樽の上から狙いを定めて……
バサバサバサ!
小鳥は殺気を感じ取り、飛び立っていった。狩は失敗。けれど、興味など示していなかったように、その愛くるしい生き物は樽の上ですまして毛繕いを始める。それは照れ隠し。獲物を逃した恥ずかしさと悔しさが落ち着くまでひとしきり体を舐め、唐突に樽を降りた。
トコトコ歩き、納屋の裏へ。
手洗い場に置かれた桶を覗く。中には少し水が溜まっていた。毛づくろいで乾いたのどを潤し、いつもの場所へ。
店の入り口に敷かれたドアマットがお気に入りの場所。ゴワゴワとしたマットに寝転んで、体をこすりつけ毛を落とす。寒くなってきたので夏毛が生え変わる時期だ。主はブラッシングをしてくれるが、それだけでは追いつかない。マットには今日も大量の毛が張り付いた。
人間に撫でてもらうのはキライじゃない。ただ、耳を触ってくる失礼なヤツには意思表示をしてやらないと何度も遠慮なく触ってくる。それが嫌なだけ。
朝日がさし始めた。日差しは濃い霧に反射して辺り一面が白く光り輝く。畑の野菜や庭の草木、それらについた水滴も宝石のようにキラキラと煌めいている。
マットの上でまぶしそうに眼を細めるその動物は、本来、人の手で簡単に持ち上げられる大きさだが、生徒から王様と呼ばれるのにふさわしいほど貫禄たっぷりに成長した体躯は人間の幼子を抱きかかえるくらいの力を必要とする。
不意にその巨体が空中へと抵抗なく浮かび上がった……
◇◇◇




