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小さなサイドテーブルの上に、1冊の本が置かれているのが目に付きました。
「この本を読んでいたのでしょうか?」
「そうかもしれませんねぇ」
「持ち出すことが出来なくても、侵入して読む事が出来たら意味がないじゃありませんの。メモを取ったり、丸暗記したり出来てしまいますわ」
先生はその本を手に取ると渡してきました。
「読んでも構いませんよ」
「いいのですか?」
「特別ですよ?」
またニヤリと笑います。
「どうしてわたくしだけ特別扱いするのです?この前教えていただいたバインドの魔法も禁呪だと聞きましたわ」
「それはアナタが私のお気に入りだからです」
思わず走り出して逃げそうになりました。幽霊なんかよりそのニヤけた笑顔の方がよっぽど怖い!
こちらの表情を読み取ったのか先生が笑います。
「フフ、変な意味ではありませんよ」
変な意味にしか聞こえません。
「私はメイベール嬢に期待しているのです。だから望むままに魔導の神髄を教えてあげたい。あなたにはそれだけの才能を感じるのです」
「……ここにあるのは国が管理している危険な魔法ではありませんの?それを簡単に見せるなど」
「構いませんよ。ここの魔法はどれも一朝一夕には習得できないものばかりです。例え賊が侵入してメモを取ったとしても、扱うことの出来る貴族は極一握りです」
「その一握りの貴族に悪用されたらどうしますの?」
「極一握りというのはケステル家のように魔導に優れた特別な血筋の者を指します。もし国民の誰もが知るケステル一族が悪事を働く……例えば現国王を裏切り、国を乗っ取ると思いますか?」
「そんな事ありえませんわ」
「そう。簡単に社会的信用を裏切るなんて出来るものではありませんよ。大貴族であればあるほどね。貴族の社会とは濃い繋がりによって支えられているのですから。それに私は思うのです。力の一極集中はよくないと。今の王家は全ての魔法を管理できる立場に立ってしまっている。それはケント1世が魔法の統一を果たした理念とはかけ離れてしまった……もっと魔法は皆に開かれたものでなければいけない」
朝日は魔導書を開いてみました。何やら呪文の説明がされていますが、お嬢様ならともかく朝日に分かる訳がありません。先生が言うのは、見られても使えないのであれば意味がないという事でしょうか?
本を返しました。先生が持ってきた本も棚へ納めていきます。
「おや?」
「どうかなさいましたの?」
「ここにあると思っていた本が無いようなのです。調べものをしようと思っていたのですが、」
「盗まれたのですか?」
「先ほども言いましたが、この図書館から本を持ち出すことは不可能ですよ。館内にはあるはずです……きっと教授が研究室に持って行ったのでしょう」
朝日は気になって聞きました。
「ところで、先ほどの話の続きなのですが、どうやって犯人はこの図書館から逃げることができたのでしょう?」
「ふむ、逃げたのではなく、消えたのでは?」
「消えた?幽霊のようにですか?そんな事ありえませんわ」
「あなたは随分と現実的な思考の持ち主の様だ。しかし、幽霊というのも非現実的とは言い切れませんよ。このまえ教えたバインドの魔法は見えないはずの精神を現に魔法で繋ぎとめる事が出来ているのですから。死後の精神、あるいは魂と呼ばれるものが何らかの理由で顕現してもおかしくはない」
「けれど幽霊なんて、」
「ほう、どうやらあなたは今回の犯人に目星がついているようですね」
「それは……」
「実は私も大方の予想は立てています。だから心配はしていないのですよ」
先生は部屋を出ました。
「どちらへ?」
「トリックを教えてあげましょう」
ジョージ先生が廊下の奥へと向かいます。その先は左へと折れています。曲がると行き止まりになっていました。
「なにもありませんわ」
先生が壁をコツコツと叩きます。
「何もない廊下なんて不自然でしょう?この壁の向こうは大広間です。昔はこの城とも繋がっていて、謁見の間として使われていました」
「向こうに抜けられるのですか?」
先生が叩いた壁に扉など付いていませんが、そこの壁だけ他とは違い色が少し薄い気がします。
「今は防犯の為、こちら側の入口を塞いでしまったのです」
「じゃあどうやって、」
更に奥へ行き、行き止まりの壁の前で先生はしゃがみ込みました。敷かれていた絨毯をめくります。その床に木の扉が現れました。
「これは⁉」
「隠し通路ですよ。この城が敵に包囲された際、ここから逃げるようにと作られたものです」
「ムー‼こんなものがあるなんて、ズルいですわ!」
先生が笑って言います。
「固定観念は取り払った方がいいと言ったでしょう?出口は一つしかないと思い込むから、消えたように錯覚しまう。消えたのではなく、出口は二つあると考えるのが現実的な思考というものだ」
「通路はどこに出られるのですか?」
「昔は井戸に繋がっていたそうですが、今は女子寮に繋げてあります。何かあった時にこちらに逃げてこれるようにね。図書館の方が防衛するには都合がいいので」
「女子寮……ちょっと見に行ってもいいでしょうか?」
「カギが必要ですよ。普段は入れないようにしてありますから」
先生は取っ手に指をかけ、扉を引っ張って見せてくれました。カギがかかっていて開きません。小ぶりなその扉は普通の扉と同じように施錠できる作りになっています。
「カギは誰が管理されていますの?」
「私も持っていますが、女子寮の監督生にも万が一の時の為に渡してあります」
「女子寮の監督生って、」
「エミリー様ですよ」
(やっぱり、)
「フフ、さあ戻りましょうか」




