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10月31日。その日は誰かの悲鳴で朝があけます。
初めて経験する1年生達は何が起きたのかとざわつき、上級生達は今年も始まったかと少しワクワクしながら目を覚まします。
収穫祭。この日だけはどんなイタズラをしても祭りだからと許されます。聞こえてきた悲鳴も寝ている内にイタズラされた誰かのものでしょう。今日を楽しみにしていた悪ガキは既に前日の内からイタズラを仕込んでいるのです。
ある生徒が朝食を受け取ろうと、扉を開け待っていました。ワゴンを押す使用人の誰もがその生徒の顔を見て、驚きの表情を浮かべてからクスクスと笑っていきます。
勘のいい生徒は朝ごはんを放り出し、すぐに洗面所へ行って顔を洗いました。寝ているうちに顔にいたずら書きされたのです。顔を洗いながらこの恥ずかしさを次は誰に味合わせてやろうかとイタズラの連鎖が始まります。
イタズラは大概、目上の人には仕掛けにくいので、そのターゲットは自ずと下級生に集まります。まだこの学校の洗礼を受けていない1年生は何も知らないので、その悪しき伝統の犠牲者となります。
朝日も朝食を受け取ろうと廊下に出ると、顔を真っ赤に塗られた生徒がいて悲鳴を上げました。
イタズラは手の込んだものから、くだらないものまで様々です。
寮から登校中、生徒が校舎の上を指さしました。なぜか屋根の上に椅子が置かれているのです。ただそれだけなのですが、わざわざ屋根に上って置いてきた誰かの事を考えると可笑しくて、通り過ぎる皆が声を上げて笑います。この日だけはどんな事をしてもおかしくてしょうがありません。壁に掛けられた椅子も天井からぶら下がる靴も、くだらないと言いながら笑い合います。
中には上手く考えられたイタズラもあります。朝日も引っかかりました。
トイレに入ると鏡に血の様に真っ赤な手形が押されているのです。それと共に『手に気を付けろ!』の赤い文字が。今日がどんな日か分かったので、これくらいでは驚かなくなります。くだらないと鼻で笑って通り過ぎ、個室のドアの取っ手を握った瞬間、悲鳴を上げました。
取っ手にはヌルヌルの石鹸が塗り付けられているのでした。手に気を付けろの言葉がこの事を指しているのかと、二重のイタズラにひっかかった悔しさを堪え、先に手を洗いに行きます。
すると洗面台の内側、入口からでは死角になって見えない部分に『言ったでしょ?』と書かれているのを見つけた時には「やられたぁ」と悔しさを噛みしめました。
こういった出来の良いイタズラは先輩から後輩へと毎年引き継がれます。この女子トイレのイタズラもその一つで「赤い手」と名前まで付いているのでした。
イタズラは教室の中でも起こります。
その日の黒板には誰がやったのか、お化けの絵が描かれていました。白いチョークで全体を塗りつぶし、目と口だけを拭きとって顔にしてあります。
先生が入ってくると言いました「5点」と。イタズラは毎年の恒例行事なので先生も慣れています。教壇に立って更に言いました。
「5点は100点満点中の5点だ。チョークがもったいないだろう?」
辛口の評価にクスクスと笑い声が漏れます。先生がその絵を消し始めると、今度は教室中に笑い声が溢れました。先生の背中には『ビックマウス』と張り紙がされているのです。
張り紙のイタズラは定番なので誰かが引っかかっていても注意はしません。ずっと背中に張り紙を付けたまま、クスクスと笑われ続けます。
流石に何度もイタズラに引っかかると疑心暗鬼になって、背中を触り何も張られていないことを確認します。座る椅子や机にも何か仕掛けが無いか注意深くなります。そんなイタズラに引っかかりたくなくて一生懸命な生徒にはワザと背中をタッチするのです。何かされたのではないかと必死になって確認する姿を見て周りは笑いあいます。
やられっぱなしは面白くありません。中にはやり返してやろうと思う生徒もいます。けれど、気の利いたイタズラが思いつかない子は『ノッカー』になります。憂さ晴らしに目に付くドアを手あたり次第ノックしていくイタズラです。そしてドアは開け放って去っていきます。皆がそんな事をすれば何度も締め直すのは面倒なので、学校中のドアが開きっぱなしになります。
ノッカーはトイレでも現れます。個室はカギが締められるので開けられることはありませんが、用を足している最中にいきなりガチャガチャとノブを回される音は心臓に悪いのでした。
ティータイムの時間になり、朝日は少しイライラしながら食堂へ向かいました。日本ではあり得ない様なイタズラのオンパレードに精神がすり減っているのです。甘いお菓子でも食べて心を落ち着けるしかありません。
食堂に入ると普段と様子が違いました。どの生徒も立ったままティーカップを持ち紅茶をすすっています。皆でイタズラしているのかと思いつつ、いつもの席に向かうと兄達も立ったまま談話しているのでした。
「これはどういうことですの?」
「どうもこうも、見たままさ」
ジャスパーが肩をすくめます。ルイスも呆れていました。
「誰かが食堂の椅子を全て隠してしまったんだ。ご苦労な事だよ」
「流石にやり過ぎではなくて?」
「まったくだ」
ジャスパーのじっとりと恨みのこもった視線がルイスの方へ向けられています。
ルイスは笑って言いました。
「ハハハッ!これでようやくキミに借りが返せたよ」
「何がありましたの?」
「聞いてくれ妹よ。僕は次期国王に暗殺されかけたんだ」
「まあ!」
ルイスがお腹を抱え子供の様に笑います。普段は見られない姿でした。
「クククッ!朝の目覚めに水を一杯飲ませてあげただけじゃないか。フフ!」
「おかげで寝たまま溺死するところだったけどね!」
男子寮ではより過激なイタズラが行われているようです。
二人が笑い合っている横でテオはげっそりした表情で立ち尽くしていました。
「テオ様は大丈夫?」
力なく首を振ります。あまりに元気がないのでアイラが側に行き、手に触れてこっそり魔力を分けて上げました。少し活力を取り戻した彼が疲れた笑いを浮かべます。
「今朝、幽霊を見た……」
「本当ですの⁉」
ジャスパーとルイスが笑って言います。
「テオにイタズラを仕掛けるなんて、中々度胸のある生徒もいたものだ」
「確かに。テオは毎年イタズラのターゲットにはされてこなかったからな」
「それにしてもあのテオが大声をあげて叫んでいたのには、こっちが驚かされたよ」
「まったくだ。フフフッ」
テオは笑われているのに言い返す気力も無いようです。ぼそぼそと言いました。
「本当に幽霊だったんだ……寝ていると側で笑い声が聞こえて、目を開けたら誰かがオレの顔を覗き込んでいた……びっくりして飛び起きた時にはもう消えてたんだ」
「きっとイタズラを仕掛ける前に起きてしまったから、慌てて逃げたんだろうね」
「本当なんだ……」
朝日には明星が嘘をついている様には見えませんでした。
「テオじゃないが、僕も少し疲れて眠たいよ。誰か朝早くに魔法を使っただろう?大きな爆発音で目を覚ましたよ。二度寝しなければルイスのイタズラにも気が付けたのに、」
「あれはやり過ぎだな。魔法はバレないように使わないと」
「ルイス様はバレなければいいなんて、考えていらっしゃるのですか?」
ハハハ!とまた子供の様に笑っています。
「それにしても、こんなイタズラが今日一日続きますの?わたくし、もう疲れましたわ」
「安心するといい、この学校の掟でイタズラ出来るのは昼までと決まっているんだ。このバカ騒ぎもあと少しだよ」
笑っていたルイスが、ふぅーと息を吐いて名残惜しそうに言いました。
「もう終わってしまうのだな……楽しかった」




