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「私には双子の兄がいましてね。残念ながら生まれた直後に亡くなってしまいましたが、兄の心は今も私の中に宿っているのです」
「宿っているとは?……それは精神的な意味でしょうか?
「あなたが言う精霊と同じと考えてもらえばいい」
「どういうことですの?」
「私の中に兄が一緒にいるのです。なぜそんな事が可能かですが、兄が死んでしまったと分かると、すぐに『バインド』の魔法がかけられた為です」
「なんですの?その魔法。聞いた事ありませんわ」
「そうでしょうね。我がリード家に伝わる秘術ですから。この魔法は精神を束縛し繋ぎとめるための魔法です。つなぎ留められた兄の精神はその後に生まれた私へと宿されました」
「そんな事して大丈夫ですの⁉」
「倫理的に褒められた魔法ではありませんね。しかしバインドは、ここ魔法都市リードで盛んに研究されてきたのです。精霊を宿すために」
「精霊!」
「そう。使い魔というものを聞いたことがあるでしょう?」
「はい。ネコやフクロウを使役するものですわよね?」
「ええ、今は使い魔を使役する事が禁止されているので、一部の研究を除きその姿を見る事は出来なくなってしまいましたが、昔の魔導士達には是が非でも得たいものだった。使い魔とはネコなどの小動物に精霊の精神を宿し使役するものです。同じ原理で兄の精神はバインドによって私に宿されたのです。これは双子だったから可能であり、兄にはまだ自我というものが無かったので行うことが出来たのです。通常、他人の精神を宿せば二つの魂が一つの体に収まっている事になってしまう。二人の人間で一つの体を共有している様なものです。一人が起きて行動し、一人は頭の中で寝ているとでも思ってもらえれば分かりやすいでしょうか」
「わたくしの体の中でも同じようなことが?」
「おそらく。先ほど夢を見ているようだと言いましたね?夢の中ではどんなに現実離れな事が起きていようと、それを受け入れてしまうでしょう?あなたの今の状態は正に夢を見ている様なものだと思います」
「確かに……わたくし礼儀作法は小さい頃からしつけられてきましたの。通りで食事のマナーがおかしいハズなのに体か勝手に動いて……」
(お嬢様、ごめん。それアタシだわ)
「使い魔だと小動物より宿った精霊の方が精神的に強いので体を占有します。話を聞く限りでは、どうやら体の占有権はあなたの方に無いらしい」
メイベールが先生に詰め寄ります。
「治すことは出来ませんの?」
「治していいのですか?」
「え?それはどういう意味ですの?」
「私を例にして説明しましょう。兄を宿している私にはこんな事が出来ます」
先生は両手を出しました。片方に火球をもう片方に水球が発動します。
「そんな⁉」
メイベールは驚きました。異なる魔法を同時に操る。それはあり得ない事なのです。
「驚きましたか?普通火球を放とうと思えば、体の中には火の魔力が駆け巡ります。そんな状態で他の魔法を使おうと思っても無理です。けれど、私は兄と役割分担をする事で同時に別の魔法を扱えるのです」
「それはわたくしにも出来ますでしょうか?」
「ええ、訓練を積めば可能なはずです……まさかバインドを使わずに精霊が宿るとは。参考程度に教えるつもりだったのですがね」
火球と水球がそれぞれ壁に向けて飛ばされ、結界に当たり弾けました。
先生がもう一度、両手を出します。
「同時に魔法が使えるのなら、応用も教えましょう。危ないので実演はしませんが、もし両手に火球を作り出しそれを合わせたらどうなるでしょう?」
開いていた両手はパン!と打ち合わせられました。
「威力が二倍に⁉」
先生が首を振ります。
「これはただ合わさるのではありません。かけ合わさるのです。威力は数倍に跳ねあがりますよ」
「凄いですわ!」
「こんな事が出来るのは、作り上げた火球の性質が全く同質だからです。普段、魔法を同じように発動させているつもりでも、その性質にはばらつきが生まれます。同時に魔法を唱えられるという事は全く同じ性質のものが二つ出来上がるという事です。なのでかけ合わせる事も可能なのです。昔の魔導士は同時に同じ魔法を作り出す手段として使い魔を使っていました。使い魔と同調する事で同じ性質の魔法を作ることが可能なのです」
「先生!ありがとうございました!これで兄を喜ばせる事が出来ますわ」
「おや、いいのですか?体を元に戻さなくても」
「構いませんわ。魔法の為です。暫くこのまま精霊さんとは付き合っていこうと思います」
「そうですか……」
メイベールは研究室を立ち去ろうとしましたが、先生が不意に声をかけました。
「精霊さん。」
朝日は振り返りました。ジョージ先生の瞳がじっと見つめてきます。
「……いえ、なんでもありません」
その夜、朝日は自分の部屋で先生から聞いた話を紙に書き留める事にしました。お嬢様がいつでも確認できるようにと。
そのお嬢様はやはりここのところの調べもので疲れているのか、体を預けようと思っても動いてくれません。仕方なく、不慣れな魔導理論を四苦八苦しながら書き留めました。
「ふわぁーーーーっ……アタシも、もう寝よう」
部屋の灯りを消すと、代わりに窓から光が差し込みました。月がとても綺麗な夜でした。




