第七章 「真犯人」 7-1
チリーン、チリーン、チリーン、
寮に目覚めのベルを鳴らす音が響き渡ります。朝日は眉間にシワを寄せましたが、目を開こうとしません。秋が深まり昨日から急に冷え込みが強くなったので、温かい布団が心地よく出られないのです。
チリーン……
ベルが鳴りやみました。そのまま寝ていたいのを堪え、無理に体を起こします。すぐに朝食が運ばれてくるので受け取らないといけないのです。
寝間着姿のまま部屋の扉を開けます。寮では寝間着のままで許されるのは部屋の前までです。共有スペースではちゃんと制服を身につけていないと寮長から叱られます。と言っても、叱られる様な子はまずいませんが。ここにいるのはみな貴族なので、人からどう見られているか気にするのです。
扉が勝手に閉まらない様、寄りかかるように体で支えて待っているとワゴンを押した使用人達が列をなし朝食を運んできました。紅茶の注がれたマグカップと、朝食が盛られたプレートを受け取ります。
朝食は摂らない生徒もいるので、前日に夜の点呼で必要か否かを聞かれます。彼女は兄から朝食をちゃんと食べる様に言われてきたので、それを寮生活でも守っていました。
けれど、必要と伝えてあっても寝過ごすと貰えませんし、いらないと言っていた生徒でもその時の気分で受け取る子もいて、ちゃんと扉の前に居ないといけないのです。数が合わないことはたまにあります。貰えなかったとしてもティータイムで済ませばいいのです。さほど目くじらを立てる事でもありませんが、入学したての頃はトラブルも起き、その度に寮長に叱られます。
とりあえず机の上に朝食を置いて、朝日はまたベットに体を沈めました。
(ねむい……)
明星と二人暮らししていた頃は、兄を仕事に送り出せば自由時間でした。二度寝をしたって、少し罪悪感を覚えるだけ。けれど今はいつまでも寝ていられません。寮は授業時間中の入室禁止。サボらない様に生徒は締め出されます。
それに、寝ていてはメイベールお嬢様に体の主導権を与えてしまいます。以前うっかり二度寝してしまった時には、気付くと制服に着替えて登校している最中だったので、びっくりして転びかけたこともありました。
「んーーーーーっ!」
大きく伸びをしてベットから出ます。どうやらお嬢様の意識はまだ寝ているようです。朝日が食事を彼女に任せようとしても、体が勝手に動いてくれません。自分でやるのが面倒くさい時、お嬢様に任せられるのは楽ではあります。
しょうがないので椅子に座り、自分で朝食を摂り始めました。
メニューはいつもの通り、紅茶に主食のパンとおかずのソーセージに煮豆。これは毎朝変わりません。そこにトッピングがいくつか加わります。
まず紅茶でのどを潤してから、フォークで突き刺したソーセージにかぶりつきました。パンを手に取って、そのままかじります。屋敷での食事ならきっと注意されたでしょう。けれど、ここは自分の部屋。誰かに小言を言われる事もありません。メイベールお嬢様なら見られていなくても、律儀にテーブルマナーに則って上品に食べます。そこはさすが育ちが違うなと朝日も感心するのでした。
今日の卵はスクランブルエッグです。卵は目玉焼きか、このスクランブルエッグかが出てきます。目玉焼きならパンの上に乗せて一緒に食べるのですが、スクランブルエッグは一度にたくさん作っている為か、明らかに卵一つ分ではなく量は少なめ。小さくまとめられた黄色い塊をスプーンですくい、ひと口で食べてしまいます。
その卵に添えられているのはスライスされたマッシュルームを炒めたもの。この前まで添え物はこんがり焼かれた輪切りトマトでした。季節によって変わるのでしょう。
マッシュルームといえば、薄くスライスされたものより、断然マリーさんの畑で食べた丸ごと一つオーブンで焼いたものの方が美味しい。一度あの味を知ってしまうと普通のマッシュルームが物足りなく思えます。
煮豆もすくって口へ運びます。この煮豆はトマトソースで煮込まれているのに、なぜか味付けは甘じょっぱいのです。初めて食べた時にはなぜトマトソースを甘くするのかと戸惑いましたが、思えば日本の煮豆も甘いのです。けれど日本のものは箸休め、主役ではありません。ここの煮豆はどうやらメインらしく、いつも山盛りに乗せられています。
味はともかく、皿の上に乗せられた煮豆からは汁がにじみ出し広がって、他の食べ物まで甘じょっぱくなっていきます。ワンプレートにすべてまとめてしまわず、小皿にでも入れてくれればいいのにと、その点は不満でした。
もう一つ不満を挙げるなら、パンでしょう。
朝日の家でも、朝食はいつもパンでした。特別なものなんかじゃなく、白くて柔らかい普通の食パンです。でもここで出されるパンは黒くて噛み応えのあるものなのです。その黒パンに日によってバターかジャムが塗られています。
ティータイムに出される小ぶりのパンは白くてモチモチしているので、アレを出してくれればいいのにと、毎回思うのです。
煮豆を食べ終えたら最後にその黒いパンへ、皿の上で広がってしまった甘じょっぱいトマトソースを付けて食べます。上品なお嬢様ならこんな事はしませんが、噛み応えのある黒パンを少しでも柔らかくする為です。きっと冷めてしまっている事もパンを固くしている原因でしょう。近頃、急に冷えてきたので余計にパンが食べにくく感じます。
明星なら朝日が席に着くのを見計らって熱々のトーストを出してくれるのにと、日本での朝食が懐かしくさえ思えます。不満点が増えました。大好きな兄と一緒に食べられない朝食は味気ないのです。
モグモグと黒パンをよく噛んで、飲み込み言いました。
「ごちそうさまでした。」
この言葉を言うと、いつも兄は優しい顔をしてくれます。なので二人暮らしをするようになってからは言うようにしているのです。少し照れくさいけど、
食器は片付けません。そのまま置いておきます。すると授業を受けているうちに使用人が片付けてくれるのです。ベッドメイキングや掃除もしてくれますし、洗濯物も決められたカゴに入れておくと洗濯され、ちゃんと畳まれて戻ってきます。部屋には狭いながらもそれぞれにトイレとシャワーが完備され、まるでホテルに住んでいるかのような待遇です。
これは大貴族であるケステル家が特別扱いされている訳ではありません。生徒皆に、同じ個室とサービスが与えられているのです。昔はトイレもお風呂も共同で、部屋は限られた生徒しか個室が与えられなかったのですが、貴族の親達からの要望で全員に個室を与えられる寮が建てられたのです。その際には学校へ多額の献金がなされたのでした。
そんな個室は生徒達からウサギ小屋と呼ばれています。両手を広げれば届きそうなくらい部屋の幅は狭く奥に長い為です。置かれている家具もベットと机、それに鍵のかけられるクローゼットだけ。寝るか勉強するかのみの部屋です。
朝日は制服に着替え準備を整えると、ウサギ小屋を出ました。




