3-7
生徒が一人ずつ指名され、順番に前へ出て魔法を放ちます。
「ハァーーーッ!」
Bクラスの子が放った拳ほどの大きさの水球は、結界に当たってはじけ飛びました。
ジョージ先生が軽く拍手をして褒めます。
「素晴らしい。結界の中でこれほどの威力が出せるのなら大したものです」
褒めてもらった生徒は得意気です。その子が戻る際、メイベールを見ました。いえ、Aクラスの方を見ているのです。『どうだ』と、対抗意識を持たれているようです。
貴族にとって魔法は特権なので、幼い頃より訓練を積んでいます。家の威信と大きすぎる程の期待を小さな背中に背負って育つのです。それだけ対抗意識が芽生えるのは当然です。
それはメイベールのケステル家でも同じ事。しかもケステル家は代々その赤い瞳に膨大な魔力を秘めて生まれてきます。公爵にまで上り詰め、他の貴族からも一目置かれているのは高い魔力を持っているからでもあります。なのでメイベールにとってケステルという名はプライドにかけても守らねばならないものでした。
(お嬢様、熱くならないでよー)
朝日の願いは届きそうにありません。既に体は武者震いに震えて、うずうずしています。
「では次、メイベール嬢」
「ハイ!」
自信満々に体が勝手に動いていきます。生徒達は、あのケステル家の実力をこの目で見る事が出来ると、少し前のめりになりました。そういう注目を浴びるのが大好きなメイベールの体は今、最高に興奮しています。
朝日にはどうする事も出来ません。そもそも魔法がどういう理屈で発動するのか、まだ分かっていないのですから。魔法を使おうと思えば使えますが、それはメイベールがやってくれている事なので、朝日はコントロール出来ないのです。だからこの場は全て任せるしかありませんでした。
(お嬢様、あまり気負い過ぎない方がいいですよー)
朝日はアナドリをプレイしていたので、この後の展開は知っています。確かにメイベール嬢の魔法は凄いのですが、それは一般生徒よりもという話であって、聖女として降臨したアイラにはかなわないのです。自分が一番だと思っているメイベールにとって初めての敗北であり、屈辱的な出来事でもあります。この授業を境にアイラを目の敵にするのです。
既にアイラとは良好な関係を築けているので、悪役になる必要などありません。授業が終わったら、お嬢様が怒りに任せて暴言を吐かないよう、しっかり気を張り注意していればいいと、朝日は考えました。
前に進み出たメイベールにジョージ先生が声をかけます。
「ケステル家の力、存分に見せてください」
(先生!余計なこと言わないで!お嬢様はそういう煽り大好きなんだから!)
朝日もだいぶこの体の事が分かってきたようです。
「もちろん!」
メイベール嬢が銀髪をバサァと手で払いました。その顔は自信に満ち溢れています。
皆の前に立った彼女は目を閉じました。息を大きく吸ってゆっくり吐き、もう一度吸って止め、目が開かれるとその瞳は光って赤みを増していました。口から呪文が流れ出ます。
「始まりの赤より続きしその奔流へ、我が真紅の血汐を捧ぐ……」
メイベールの体も輝き始めました。
「おお!」
ジョージ先生が目を見開き、嬉々とした表情を浮かべています。
通常、魔法を発動させる際に詠唱は行いません。おこなっても短い単語にとどめます。それは長い戦乱の世を経験した魔導士たちの知恵でした。詠唱を行っていては戦闘の際、的になってしまうのです。詠唱というのは魔力を高める行為なので他の魔導士から感知されます。詠唱を感知すれば先んじてシールドを張ったり、兵士を使って直接叩きに行かせたりと素早く対処されます。
そのため魔導士たちはより早く詠唱したり、呪文の簡略化を試みたり、そういった研究の積み重ねによって今の魔法では詠唱を必要としなくなりました。
しかし、簡略化したことで弊害も生まれました。魔法の威力が落ちるのです。接近戦でも対応できる威力の落ちる魔法か、遠距離からの大威力に頼るか、選ばれたのはより実践的な接近戦に対応できる魔法でした。
そんな魔導士たちが熾烈な争いを繰り広げていたのも、この国が統治されるまでの話。今は争いに魔法が使われることはありませんし、わざわざ昔使っていた呪文を覚えるのなんて魔道の高みを目指す変人か、学問として研究している魔導士くらいです。
「素晴らしい……」
変人であるジョージ先生は呪文の詠唱を完ぺきにこなすメイベールに釘付けです。
詠唱は、ただ口に出せばいいというものではありません。生半可な詠唱はかえって魔法の威力を落とします。魔法とはイメージの力です。呪文に込められた意味をちゃんと理解し、イメージして、それに合わせ魔力を同調させなければいけないのです。それが出来るのはある意味、生まれ持った才能と言っていいものです。完全詠唱は魔導士の家系に生まれた者の中でも、特に優秀な者が有する天武の才なのでした。
見ているうちにメイベールの周りには幾重にも、光る魔法陣が現れていきます。
「……境界は開かれ、理は破られる。この場が始まりであり、我が言葉が真理である……」
「いい……ハハハ」
ジョージ先生は笑っていますが、その顔は喜びと言うより驚きと興奮を宿した狂喜と言っていいものです。
周りの生徒もこれは様子がおかしいと、ざわつき始めました。そんな事はお構いなくメイベールの詠唱は続きます。
「……赤き血より深き血へ、深き血より赤き血へ、混ざれ、混ざれ、混ざれ……」
メイベールの目の前に火球が現れました。拳ほどの大きさから、ドンドン膨れ上がり、それと比例するように熱を帯びて、側にいると肌がヒリヒリと焼けるようです。生徒達は危険を感じ、おのおのシールドを張ろうと試みますが、結界の中なので上手くいきません。
「先生!」
誰かが叫びました。ジョージ先生が手をかざし、代わりにシールドを張ります。しかし、生徒達を一瞥もしません。その視線は詠唱を続けるメイベールに向けられたままです。
「……全てを浄化し燃え上がらせよ。その血煙を樽俎に捧ぐ。集え精霊。舞え、舞え、舞え、赤き破滅をもたらす者よ……」
大きく膨らんだ火球は赤黒い色から白さが増していき、朱色になって光り輝きました。明るい色になるにつれ温度も上がっているようです。
(ちょっと!お嬢様!これヤバくない⁉)
ゲームで見ていたのは、バスケットボール大の火の玉を飛ばすシーンです。明らかに朝日が知っているものとは違っています。けれど、ここで朝日が強引に止めて、もし大爆発でも起こしたら大変です。何もしないで見守るより他ありません。
火球はまるで心臓の様にドクン!ドクン!と脈打ち始めました。段々早くなっていく鼓動を見計らっていたメイベール。その赤い瞳がカッ!と大きく開きます。
「爆ぜろ!ヴァァァーーーミリオンッ……」
「ハイ!そこまで!」
パン!と手を打ち鳴らしたジョージ先生が、火球に対して幾重もの結界を張っていきます。1枚、2枚と結界が増えるにつれ火球は圧縮されるように小さくなっていき、最終的には手のひらに収まるほどになると、ゴトン!と重い音を立てて地面に落下しました。それはまるで焼けた石の様です。まだ熱く、地面を焦がして煙も登り、燃え上がりそうでした。
「おっと、」
ジョージ先生は指をクイっと上に振ると、赤い石は宙に浮かび上がりました。
あっけに取られるメイベールに先生が笑って言います。
「途中で止めてしまい申し訳ありません。ですが、アレを放たれては周りに被害が出かねませんでしたからね」
呆然とする生徒達にも呼びかけます。
「少し早いですが、休憩にしましょう。残りの生徒は次の時間におこなってもらいます。メイベール嬢、」
「はい」
「コレは私が貰ってもよろしいかな?」
浮かんでいる石を指さします。
「ええ、どうぞ」
「ありがとう。暖房機の核として使えそうだ。私はコレを研究室に置いてきますので、戻って来るまで各自休憩を取るように」
ジョージ先生は周囲に張られていた結界を解くと嬉しそうに行ってしまいました。




