第十七章「別れ」 17-1
メイベールは体を起こしました。彼女には目的がありました。その機会が不意に訪れたのです。今を逃しては、もうチャンスは巡ってこないかもしれない。急いでコートを着ます。
それを見ていたアイラが声をかけてきました。
「外に行くんですか?」
「ええ……帰る前に少し散歩がしたくて」
「もう暗くなってますよ?」
「平気よ、ちょっと海を見に行くだけだから」
彼女に付いて来られては困るので、メイベールは足早に小屋を出ました。そのままグランダの家の方へと向かいます。窓から中の様子を伺うと、彼はまだ居ました。
小声で断る様に言います。
「精霊さん、ごめんなさい。帰る前にわたくしにはどうしても、しておかなくてはいけない事があるの」
彼女はバイロケーションの魔法を使いました。抜け出た朝日の精神が今度はバインドの魔法によってグランダの横で丸まって寝ている犬の中へと入りました。後は彼が出てくるのを待つだけです。
敷地を抜け、石垣の入り口で待ちました。見上げれば、月の綺麗な夜です。しかし、その月明かりは冷気を帯びているかのように寒々しく、突き刺す様に降り注ぎます。手が震えました。急いで出てきたので手袋をはめていません。魔力操作すれば済む話ですが、お嬢様の頭にはそんな事を考える余裕はありませんでした。それにこの震えは緊張によるものでもあります。
手を擦っているうちに、家の方から灯りが近づいてきました。ランプを持ったオリバーでした。一瞬気落ちしたメイベールでしたが、後から彼も出てきました。
「メイベール?どうしたんだい?こんな所で」
「ルイス様……少し、お時間よろしいでしょうか?」
そう言いながらオリバーの方に目をやると、頷いて道を歩き始めました。気を使ってくれたようです。
ルイスはライトをつけてくれました。優しい彼の顔が浮かび上がります。
「何の用かな?ここでは寒い、小屋に入らないか?」
メイベールは首を振りました。
「二人だけで話したいのです。少し、歩きませんか?」
二人は海に向かって歩き始めました。
「寒くはないかい?」
「ええ、」
ルイスが二言三言、喋りましたがメイベールの様子がおかしいと分かると、それ以上は話すのを止めました。
崖の先まで来たところでメイベールは振り返り、ルイスと向かい合いました。ポケットからあのカフリンクスを取り出して渡します。
「これは?」
「この間、市井の者より買い求めたのです。殿下にお渡しできるような品ではないかもしれませんが、銀細工にはめられた赤いルビーは、わたくしの様だと思ったのです」
「私にくれるのか?」
「ハイ。」
彼女は話し始めました。
「聞いてください……ベオルマ家へ嫁ぐのだとお父様が仰った時、わたくしの心は確かに痛みを感じたのです。このまま結婚してよいのかと。ベオルマは公爵家ですし、ケステル家と比べても遜色はありません。両家の友好の為になるのであれば、貴族の令嬢として喜んで嫁ぐべきなのです。けれど頭では分かっていても心が納得しない。その理由が分かりました」
メイベールの赤い瞳がルイスの青い瞳を捉えて言う。
「あなたです、ルイス様。入学式のダンスパーティーで久しぶりにお会いして納得いたしました。あの心のときめきは、初めてではない。子供の頃に感じていたのです。わたくしはずっとあなたに恋焦がれていた。幼かったとはいえ、どうしてその事を忘れてしまっていたのか、悔やんでも悔やみきれません。もっと早くに……」
「メイベール……私も、」
彼が抱き寄せようとした腕を、メイベールは後ろへ下がり避けました。赤い瞳は潤み、悲しみを浮かべた笑顔で気丈に応えます。
「わたくしはベオルマへ嫁ぎます……その前にどうしても気持ちを伝えておきたかったのです。ごめんなさいっ」
彼女は走ってその場を離れました。




