第一章 「夢の⁉ 異世界へ」 1-1
人気乙女ゲーム『another world of dreams』通称アナドリ。その最新作が遂に登場!毎日頑張るあなたを癒しの世界が待っています。
・物語
夢の異世界へ!
ある日、あなたは異世界にあるブリトン王国へ、聖女として召喚されます。
「おぉ、聖女様!我らを救う救世主よ!」
聖女として経験を積む為、あなたは魔法学校に通う事になりました。そこでは魅力的なキャラクター達があなたを迎えてくれるでしょう。
・ゲームシステム
前作でも好評だった「フリー ラブ システム(Free Love System)」通称FLSが大幅にパワーアップ!今作では恋愛対象が格段に増えました!
本命ルートの王子様達だけでなく、先生や神父様、執事に街の商人や一般人までゲームに登場するフリーなキャラクター全てにFSLを搭載したのです。もしかしたら禁断の恋もできちゃう⁉
ブリトン王国であなたの新しい人生が始まります。
◇◇◇
(早く帰ってアナドリの続き、やろっと)
佐野朝日は乙女ゲームの続きがやりたくて、うずうずしていました。
既にトゥルーエンディングは攻略済み。4周目に突入していましたが、まだまだ遊び足りません。それほど『アナザーワールド・オブ・ドリームズ』という乙女ゲームにハマっているのです。今夜も遅くまでお気に入りキャラのパラメーター上げに精を出すつもりなのでしょう。どうせ明日も学校は無いのです。中学で不登校となった彼女はこの前、形だけの卒業をした後、高校には進学しませんでした。
兄から頼まれた夕飯の食材と夜食のお菓子を買い込んでスーパーを出ると、雨が降り始めました。
(ついてない……)
スマホを取り出し、連絡します。
『おにぃ、雨降ってきたから迎えに来て。傘無い』
ピコンと着信音が鳴り、すぐに返信がありました。
『傘、買っていいぞ』
『もったいない。それに荷物多いから持って』
『分かった。すぐ行く』
降り始めた雨は強くなり、風も吹き始めました。咲き終わりの桜はその花びらを散らして春の嵐の様相です。スーパーの軒下まで雨が吹き込み、入口で雨をしのいでいた朝日の足を濡らしました。でもサンダル履きで出て来たので濡れても構いません。少し寒いだけ。
(子供っぽいかな?)
雨宿りをする自分の姿を思い浮かべました。今の格好と言えば、部屋着にしているトレーナーとハーフパンツに、兄から借りたぶかぶかのパーカーを着ているのみ。
朝日はもうすぐ16歳になります。ファッションやメイクに気を遣ってもおかしくない年頃なのは彼女自身分かっています。
ファッションは誰かに見せる為のもの。それは友達であり、彼氏であり、あるいは社会に対しての自己主張。兄と二人暮らしの朝日には関係のない事でした。
(おそい……)
待つ間、寒さを防ごうとフードをかぶって空を見上げます。
雨はよいよ強くなり昼間だというのに空は真っ黒で、遠くの方で雷の音も聞こえます。こんな中を迎えに来てもらうなんて、少し悪い事をしたかな?と思っているところに兄の明星が迎えに現れました。
その顔には嫌がる様子など無く、朝日の事を見つけて微笑みました。彼女も申し訳なさなど吹き飛んで駆け寄ります。
「おにぃー、おそーい」
「ああ、悪かった」
そっけなく言った彼が買い物袋の一つを持ちます。朝日は不思議がりました。
「アタシの傘は?」
「あーぁ……」
彼はあいまいな返事をして視線を外します。
「もしかして忘れたの?」
「んーん……別にいいだろ」
明星がさしていた傘を差しだし、中に入る様にと促します。朝日は思わず笑ってしまいました。
「おにぃ……アタシと相合傘したかったの?」
「そんな訳あるか」
兄が背を向けて歩き出そうとしたので、妹は傘の中へヒョイと入りこみました。
二人は無言で住んでいるアパートへと帰りました。
部屋に着いたところで、
バーン!ゴロゴロゴロゴロー……
近くに雷が落ち、ものすごい音が轟きました。ビックリして固まっている朝日を見て、明星が鼻で笑って言います。
「まるで台風だな。びしょびしょだ。風呂に入るか?」
朝日の方は足が濡れた程度でしたが、明星は肩や背中が濡れてしまっています。
「アタシはいいよ。おにぃ入って」
彼女はつま先立ちになって洗面所に向かいました。手に取ったタオルで足を拭きつつ、もう一つ取って開いたドアの隙間から明星にタオルを投げます。うまく受け取った彼は濡れてしまった買い物袋を拭き始めました。
「やっぱりオレが行った方がよかったな」
「えー、おにぃが行くとお菓子買ってきてくれないじゃん」
朝日が買い物袋の中からお菓子を抜き取ります。
明星は呆れ顔になって言いました。
「もう子供じゃないんだから……今度引っ越してきたお隣さん、高校生なのに一人暮らしするんだってさ。この前、わざわざ挨拶に来てくれたぞ?しっかりしてる」
耳の痛い事を言われた朝日が話題を変えようとします。
「夕飯なに?」
「蕎麦だ。そのお隣さんが引っ越しの挨拶でくれたんだ。今時珍しいよな」
これ以上何か言われないうちに、朝日はお菓子を持って奥へ引っ込みました。
(アナドリ、アナドリっと)
充電しておいた携帯ゲーム機を手に取ろうと、薄暗かった部屋の電気を付けた時、
バーン!ゴロゴロゴロゴロー……
また近くで雷が落ちました。彼女は「ひっ!」っと小さく声を上げ、兄の方を見ました。部屋の電気が切れてしまったのです。
「停電か?」
明星の方は落ち着いていました。買ってきた食材を手早く冷蔵庫に入れていきます。
「今日は寒いから腐ることはないと思うけど、一応冷蔵庫開けないようにしてくれ」
「わかったー」
生返事をした彼女は情報を得ようとスマホを取り出し、SNSを開きました。
食材をしまい終えた明星が濡れてしまった上着を脱ぎながら言います。
「ゲーム機のコンセント抜いておいた方がいいと思うぞ。そういうの雷に弱いって言うし」
「……うん」
スマホの画面を見ていた朝日は気付いていませんでした。そのゲーム機がなんだか薄っすら光っていることに……
(あれ?)
コンセントを抜こうとして、やっと気付きました。
(電源、入れたっけ?)
バーン!ゴロゴロゴロゴロー……
今度はさっきよりも近くに落ちたようです。あまりの爆音に朝日は目を閉じ腰が引けました。
「ビックリしたーぁ!大丈夫かなコレ?……おにぃ?」
返事が無いので振り返った朝日は愕然としました。
(え⁉どこ……ここ)
彼女は見覚えのない場所に突如、立っていたのです。