57話 買い出し
桃色青春高校は、地区大会の2回戦でプリンセスガーディアン・ハイスクールに勝利を収めた。
3対2でのサヨナラ勝利という、劇的な展開だった。
そして、その試合の数日後――
「今日は買い出しに来たぜ」
龍之介は1人、駅前の商店街に来ていた。
野球部の活動に必要な消耗品を買うためである。
(それにしても……)
龍之介が辺りを見回すと、そこには大勢の少女たちの姿がある。
彼女らは店の品物を吟味しながら、あれやこれやと話していた。
(女子って、みんな買い物が好きなんだな……)
2099年の今、買いものはネットでも簡単に済ませられる。
だが、こうして商店街での買いものを楽しむ文化も廃れてはいない。
楽しそうに歩く少女たちの姿を見ていると、龍之介も少し楽しい気持ちになった。
「さてと……」
龍之介はスポーツ用品を扱っている店の中に入った。
今日は主に消耗品を買う予定である。
「スポーツドリンクは……、粉末タイプが安いな。うーん、10箱くらい買っておくか?」
龍之介はスポーツドリンクの粉が入った箱をカゴに入れる。
その他にも、冷却スプレーやテーピングテープなどを追加していく。
今のところ怪我人はいないが、もしもの可能性を考えて揃えておくことにしたのだ。
「ふぅ……。とりあえず、こんなところだな。帰って練習するか」
龍之介は会計を済ませると、店の外に出る。
すると――
「きゃああぁっ! ひったくりよーー!」
「どけ! 道を開けろ!!」
龍之介が店を出た瞬間、前方で女性の悲鳴が聞こえた。
そして、女物のカバンを持った男が走り去っていく背中が見えた。
(おいおい……。こんな時代にひったくりかよ……)
龍之介は呆れてしまう。
2099年の今、AIを用いた監視カメラや警備ロボによって犯罪は大幅に減っている。
そのため、こうした犯罪は珍しいと言えた。
(だが……放ってはおけないな……)
龍之介は即座に走り出した。
放っておいても、AIカメラや警備ロボによって最終的には捕まるだろう。
しかし、それには若干のタイムラグがある。
ひったくり犯を目の前にして、龍之介は見て見ぬふりをする気にはならなかった。
「待てっ! 逃さないぞ!!」
「ちぃっ! ガキはすっこんでろ!!」
龍之介の呼びかけに、犯人の男が反応する。
だが、足を止めることはなかった。
そのまま路地裏へと逃げ込もうとする。
「くそっ!!」
龍之介もそれを追いかけた。
彼はスピードを上げて、犯人との距離を詰めていく。
(足は俺の方が早いだろうが……。ここは路地裏か。細い道に逃げ込まれると厄介だな……)
龍之介がそう危惧した瞬間――
「ここは通しません! プリンセスガーディアンの名に賭けて!!」
路地裏から飛び出してきた少女が、両手を広げてひったくり犯の行く手を阻んだ。
「どけぇ! このクソガキがぁ!!」
男は少女を突き飛ばす。
しかし、少女は微動だにしなかった。
「無駄です! 私は『絶対防壁』の二つ名をもらった、未来のガーディアン!! ひったくり犯などに屈しません!!」
「チッ! このガキが……。どけって言っているだろ!!」
男が少女の胸に殴りかかる。
だが、少女はそれを平気な顔で受け止めた。
そうこうしている間にも、龍之介は距離を詰めてきている。
「お前! 美少女に殴りかかるとか、なんてことしてんだ!! しかも、よりによって胸を狙ったな!? この変態が!!」
「うるせぇ! 俺はペチャパイなんかに興味ねぇんだよ! 胸に当たったのは、たまたまだ!!」
龍之介と男が言い争う。
そして、男が再び少女に殴りかかろうとした瞬間――
「させない! 俺の必殺魔球、ファイアボール!!」
龍之介はボールを思い切り投げた。
そのボールはひったくり犯の股間に直撃する。
「うおぉっ!? おうっ……」
男は股間を押さえて倒れ込んだ。
泡を吹き、ピクピクと痙攣している。
(しまった……。つい本気で投げちまったぜ……)
龍之介は心の中で反省する。
しかし、目の前の出来事は放っておくわけにはいかない。
龍之介は少女に声をかけた。
「お嬢さん、怪我はないかい? ……ん? お前は……」
「ふん……。一応、ありがとうと言っておきます。別に、私だけでも無力化できましたけどね」
「やっぱり……お前は、プリンセスガーディアン・ハイスクールのソフィじゃないか!」
「ええ、そうですよ。数日ぶりですね、龍之介さん」
少女がそう答える。
彼女の名前はソフィ。
プリンセスガーディアン・ハイスクールのキャプテンを務めている少女だ。
その打撃センスと守備力は驚異的であり、桃色青春高校を大いに苦しめた。
「ああ……。久しぶりだな」
龍之介は軽く頭を下げて挨拶する。
激闘を繰り広げた相手ではあるが、別に友人というわけではない。
どこか気まずさを感じた。
「とりあえず、警察に連絡だな」
「いえ、その必要はありませんよ」
「どういうことだ?」
「既に通報されているでしょう。――ほら、警備ロボが来ました。ロボットに引き渡して、私たちは帰りますよ」
ソフィは道の先を指さした。
その方向から、3体の警備ロボが走ってくる。
『ピピッ! 窃盗犯の取り押さえに協力いただき、感謝いたします。彼の身柄をこちらでお預かりします』
「ああ、よろしく頼む。ソフィ、行こうぜ」
龍之介は警備ロボの姿を見て安心する。
そして、ソフィに声をかけてその場を去ったのだった。