194話 バレンタイン-ユイ
次に動いたのは、ミオやノゾミとはまるで違う熱の持ち主だった。
ユイ。
バレー部エースとしての経験か、空気の読み方が上手い。
強く打つべき球と、そっと拾うべき球を見極めるみたいに、彼女は場の流れを肌で掴んでいる。
勢いで割って入るのではなく、自然に入り込める瞬間を待っていた。
「……今ですわね」
キャッチボールの合間。
龍之介がミットを外して水を飲む、その瞬間。
守備の間合いを読むみたいに、ユイは静かに距離を詰めた。
「龍さん。あの、これ……練習終わってからでいいですから」
差し出されたのは、派手さを抑えた小さな包みだった。
包装紙の色は落ち着いていて、角が丁寧に揃っている。
ノゾミの「じゃーん」とは逆の、ささやくような存在感。
けれどそれが、余計に胸に刺さる。
「ユイもか。ありがとう」
龍之介は言いながら、受け取る手を慎重にした。
雑に扱えば、彼女の気持ちまで乱暴に掴んでしまいそうで。
水の冷たさがまだ唇に残っていて、言葉がわずかに遅れる。
「はい。……龍さんの女房役は、わたくしです。これは誰にも譲りませんわ」
控えめな声なのに、視線はまっすぐで、芯が折れない。
笑って誤魔化す余地を与えない静かな宣言に、周囲の空気がまた小さく揺れた。
さっきノゾミが勢いよく切り裂いた空気とは、まるで違う揺れ方だった。
龍之介は短くうなずき、間を置かずに口を開く。
ここで言葉を選び間違えたら、余計に波紋が広がる。
だから彼は、彼女がいちばん誇りにしている場所へ、まっすぐボールを投げ返した。
「ユイの返球は前から速いけど、リードも良くなってきたよな。守備陣への指示も的確だ。あれはチームの武器になる」
「……っ」
ユイの耳が赤くなる。
首筋まで熱が伝わっていくのを、本人が必死に隠している。
それでも視線だけは逸らさない。
照れを飲み込むように背筋を伸ばし、きっぱり言い切った。
「まだまだ、こんなものではありません。もっと精進いたしますわ」
言葉の中に、「見ていてください」という決意が詰まっている。
龍之介は頷き返しながら、手の中の包みの重みを確かめた。
チョコの重みじゃない。
受け取ってしまったものの重みだ。




