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171話 弓道部のサユ-1
弓道場の引き戸は半分だけ開いていて、冬の空気が薄い墨のように溜まっていた。
中へ一歩踏み入れると、鼻先を掠めるのは畳の乾いた匂い。
空間を切り取るように灯された小さな明かりが、微かに揺れている。
場内には人の気配があるはずなのに、不思議と時間が止まっているようだった。
呼吸すら憚られる静寂の中、張り詰めた弓の弦が、ぴんと空気を裂いた。
的に矢が刺さる。
刺さった矢は、黒い輪と白い輪の境い目で微かに震えていた。
次の一手を番える少女の横顔は、まるで石膏のように静かで、冷たい。
吐く息さえ白くならず、ただその目だけが、射るべき先を貫いていた。
龍之介は敷居の外で立ち止まった。
視線の先にあるものを壊さぬように。
音を立てることさえ躊躇われた。
「……見学? なら、靴はそっち。土を持ち込まないで」
よく通る声だった。
彼女は龍之介を振り返ることなく、自然な動作で肘を持ち上げ、頬に弦を寄せた。
弓の腹が軋むたび、彼女の肩甲骨が静かに広がり、背中の筋が美しく浮き上がる。
重力さえ一時忘れるかのような集中。