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17話 陸上部のノゾミ

 10月になった。

 秋大会が始まるまで、残り2週間ほどである。

 現在の桃色青春高校の部員数は、3人。

 ピッチャーの龍之介、ファーストのミオ、ショートのアイリだ。


 この3人でも、上手く行けば初戦を突破できるだろう。

 しかし、できれば4人目の部員を確保しておきたい。

 龍之介は、ミオやアイリと日々の練習をこなしつつ、新たな部員のスカウトに奔走していた。


「よーい……。スタート!」


 野球部グラウンドから見える、陸上グラウンド。

 そこでは、陸上部の短距離走が行われている。

 掛け声を耳にして、龍之介は陸上部のグラウンドに意識を向けた。


(やはり、足が速いやつも欲しいよな……)


 部員候補の目星をつけながら、陸上部員の方を見つめる龍之介。

 野球に必要な能力は何か?

 もちろん、一概には言えない。


 投手か野手か。

 野手の中でも、具体的にどのポジションを守るか。

 打線の中では、どのような役割を担うか。

 それらに合わせて、身につけるべきスキルは異なる。

 あるいは逆に、身についているスキルに応じてポジションや役割が変わってくると言ってもいい。


 欲を言えば、バットコントロールが良く、スイングスピードが速く、瞬足で、肩が強く、グラブ捌きが上手ければ最高だ。

 ただ、そこまで求めるとなかなか厳しい。

 少なくとも一芸に秀でていれば十分だろう。

 そんな中、龍之介は1人の陸上部員に注目した。


「あの足は素晴らしいな……」


 彼女は、短距離走で他を圧倒していた。

 そのスピードだけでなく、フォームの美しさも兼ね備えている。

 背が高く、足も長い。

 陸上部員の中には、何人かの女性がいたが……その中で頭1つ飛び出ていると言っても過言ではなかった。


「よし! 決めた!!」


 龍之介はそう呟くと、即座に陸上部のグラウンドへと向かっていく。

 そして、陸上部の練習が終わるタイミングを待たず、彼女に話しかけていった。


「ちょっといいか?」


「……はい?」


 龍之介に話しかけられて怪訝そうな顔をする少女。

 そんな少女の手を取り、龍之介は告げる。


「単刀直入に言おう! 俺の彼女になってくれ!!」


「…………はいぃ?」


 唐突な告白を受けて、少女は目を丸くして驚きの声を出した。

 すると、近くにいた他の部員たちがざわつき始める。


「誰!? ……男!?」


「どこのどいつよ!? 陸上部1年ホープのノゾミちゃんに手を出そうなんて」


「この高校の男子生徒は一人しかいないでしょ……。ほら、あの節操なしって噂の……」


 そんな声が周囲から聞こえてくる。

 少女――ノゾミは龍之介に対して口を開いた。


「……お断りします」


「早いな、おい! せめて話だけでも……」


 龍之介が即座に断ってきたノゾミに抗議する。

 そんな龍之介に、彼女は言葉を続けた。


「お断りします」


「……本当に?」


「はい。お断りします」


「……そうか」


 何度言ってもノゾミは断り続ける。

 そんな彼女に対して、龍之介は笑って言った。


「では、せめて野球部員になってくれないか?」


「……はい? 野球部、ですか?」


「ああ。俺は野球部キャプテンの龍之介という。君の足に一目惚れしたから、ぜひ野球部員になってほしい」


「…………」


 ノゾミは無言になる。

 代わりに、周囲の女生徒が口を開いた。


「ちょっと、君! ふざけないでよ!!」


「そうよ! ノゾミちゃんは、陸上部のホープなんだから!」


「大会もあと1週間に迫ってて、これから大事な時期なの!」


「ノゾミちゃんの足を、いやらしい目で見ないでよね!!」


 女子生徒たちは次々と龍之介を責め立てた。

 どうやら、ノゾミは陸上部の中でも有望株らしい。

 それはそうだろう。

 龍之介が、野球部に欲しいと惚れ込んだぐらいなのだから。

 他の部が欲しいと思うような身体能力の持ち主は、所属中の部でも期待されていることが自然だ。

 しかし、それでも……。


「頼む! ぜひうちに来てくれ!」


 龍之介は、それでもノゾミに頼み込んだ。

 そんな龍之介を、彼女は睨みつける。


「……どうして、ですか?」


「ん?」


「どうして、わたしが欲しいんですか? 野球部の噂は聞いています。もう2人も部員が入ったとか……」


「ほう。よく知ってくれているな」


 桃色恋愛高校は、私立だ。

 生徒数もかなり多い。

 学園唯一の龍之介は、その存在は有名である。

 しかし一方で、その生徒数の多さから直接の知り合っている生徒の割合は高くない。

 そんな中で、野球部の動向を把握しているのは少しばかり珍しいように思えた。


「彼女たちで十分なのでは? それか、他にもっと良い人がいると思います。わたしが欲しい理由が分かりません」


 ノゾミに問いかけられる。

 龍之介は素直に答えた。


「君の足が美しいからに決まっているだろう?」


「……」


 すると、ノゾミは龍之介に向かって足を伸ばす。

 そして、その足で彼に金的を繰り出した。


「ぐほっ!? い、痛いっ!! 何をする!?」


「……わたしには、お遊びをしている暇はありません。1年生にしてレギュラーに選ばれたからには、ちゃんと陸上競技で結果を出さなかればなりませんから」


 そう言って、ノゾミが踵を返す。

 追おうとする龍之介だが、金的のダメージで動けない。

 そうこうしている内に、彼女は他の女生徒たちと共に陸上グラウンドから撤収してしまったのだった。

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