147話 ハルカ-2
ハルカは参拝を終える。少し軽くなった気持ちで帰り道を歩いていたとき、不意にその人が現れた。
「……龍之介?」
反射的に口から名前が出た。まるで見間違いでもしたかのような、それでも間違いなく彼だった。ニット帽から覗く前髪、冬の陽を反射してまぶしい目元。
向こうもこちらに気づいて立ち止まった。瞬間、ハルカの胸が跳ねる。耳の奥で自分の心音がやけに大きく響いて、震える足が前に出る。
これは、きっとチャンスだ。願い事が届いたのかもしれない。彼女はそう思った。だから、声を出した。
「この前の練習試合、ネットで見たわよ。関西の強豪校を相手に無四球14奪三振の完封勝利なんて、やるじゃない」
いつもの調子を装った。少し軽口まじりに、彼との距離を昔のように戻せたら、と。
「…………」
けれど、返事はなかった。沈黙が重くのしかかる。
視線が合ったまま、彼の瞳は微動だにしない。その硬さにハルカはたじろぐが、それでも必死に言葉を続けた。
「私の愛の叱咤が届いたのね。あんたなら輝きを取り戻せるって信じていたわ。……ほら、今日はコンビニで何でも奢ってあげる。あんた、練習後のアイスが好きだったでしょ? それとも、冬だからおでんの方がいいかしら? ふふ、今日だけは特別に両方でも――」
空気を和らげるように、冗談まじりに手を伸ばしかけたそのときだった。
「触るな」
冷え切った声が、鋭く空気を裂いた。まるで冬の空気が一段と冷えたように感じられた。