理想のシーンを作りたい少年は犠牲になる
勢いで書いたものなので、拙いところもあると思いますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
突然だが、イケメンと美少女の恋愛って尊くないだろうか。想像してみてくれ。めっちゃ可愛い女の子が顔を赤らめながらイケメンに告白する。
それが夕方の教室だったりしたらもう完璧だ。その画面の中の全てが美しい。
勿論、そんなことが現実で起こるとは考えにくい。だから俺は、現実でその状況を作るために動き出すことにした。
幸い、というか都合のいいことに役者は揃っている。俺の幼馴染であり大親友の司と、同じく幼馴染であり親友の琴音は両片思いで、どちらも性格や容姿が完璧である。これほど丁度いい人はこの世に存在しないだろう。
どちらも奥手というかチキンというか、何時まで経っても告白せずに俺に相談に来るばかり。俺がちゃんと仕組めばすぐくっつく筈だ。
一番効果のある方法は、多少強引でも両思いだとどちらかに気付かせることだ。
そう思い、俺は二人にそれぞれ別の内容のメールを送るのだった。
☆
放課後の教室で、俺は司と向かい合っていた。
「今日は真面目に相談に乗ってくれるんだよな?」
「おうよ。俺が今まで真面目に相談に乗らなかった何てことあるか?」
「大分ある気がするけど……まあいいや、最後の相談だもんな。じゃあ早速」
司は一呼吸空けてから、今回の相談内容について話し始める。と言っても、大体いつも同じ内容なのだが。
「琴音が取られちゃうかと思うと不安なんだ。俺がぐずぐずしてる間に……」
「取られるもなにも、まだ司のものじゃないだろ。さっさと告れ」
「簡単に言うけど、勇気いるんだぞ? 悠だって告ったこと無いだろうに」
司は俺の言ったことに反論してくる。できればその間に琴音に告白する方法を考えてほしいものだ。……とはいえ俺も、告白したことなど無いのだから、司にあれこれ言う資格は無いだろう。
いつも相談に乗った後はやる気のある司に向かって、俺は一言助言する。
「まぁ、やってみないことには分からない。とにかく、正直に自分の気持ちを伝えるといいんじゃないか?」
「そうだな、そうだよな。頑張って琴音に告白するわ」
「おう、その調子だ。俺は先帰るから、司は落ち着いて考えてみるといい」
「……いつもありがとな、悠」
俺は司のお礼に対して手を上げることで答え、そのまま廊下で今の会話を聞いていた人物のところへ向かう。
「分かったか琴音? 行ってこいよ」
「うん、ありがとうね。悠」
琴音も俺にお礼を言うと、深呼吸をしてから教室に入っていく。聞いていていいのか迷ったが、俺は一応、この恋の行方を見届けることにした。時間も丁度いいし、理想のシーンを見たかったというのもある。
俺は教室の中の声に耳を傾けた。
☆
俺、司が教室に残り考え事をしていると、誰かの足音が近づいてきた。この足音は、俺のよく知っているものだった。そして、今俺が考えている人のものだった。
「ね、ねえ司。さっき悠と話してたことって本当?」
「聞いてたのか……」
俺は思わず崩れ落ちそうになる。恥ずかしさ故だ。
いつから聞かれていたのかは分からないが、少なくとも琴音の反応からして俺が「琴音に告白する」と言ったことは聞いていたのだろう。
教室で話すのは迂闊だった。聞かれる可能性があるのは分かっていたのに、面倒だと教室で話したせいだ。
ここまで聞かれていて、誤魔化すのは不可能だろう。ついに覚悟を決めるしかないのか。
「琴音、聞いてたなら分かると思うんだけど、その、俺は琴音のことが好きだ」
「うん」
「昔からずっと好きだったんだ。だから、俺と付き合って下さい」
「……」
俺はそう言って琴音に手を差し出し、琴音の返答を待つ。数分ほどの、しかし永遠に感じられるような時間が過ぎた後、啜り泣くような声が聞こえてくる。
俺は思わず顔を上げ、琴音を見る。
「琴音? どうしたんだ?」
「ご、ごめんね。嬉しすぎてちょっと」
「え? それって……」
琴音は泣き笑いのような顔で俺に向き直り、手を差し出す。
「私も司のことが好き。よろしくお願いします」
「……! よろしく!」
俺はその手を取り、琴音のことを抱きしめた。
☆
「良かったな、司」
2人の恋を見届けた俺は、そう呟いて教室から離れる。邪魔者はさっさと退場するべきだ。2人の幸せな時間を崩すことは許されない。
理想とは少し違くても、大体思い描いた通りの展開にはなった。それでいいじゃないか。
途中、幾度か足が止まりそうになった。教室に戻りたくなった。しかし、俺にそんな資格は無い。
2人に比べて、俺は何倍も劣っている。性格も悪ければ、容姿も頭も良い訳では無い。そんな俺が2人の邪魔をする事は許されなかった。
校門を出るとき、俺は一度だけ教室を見上げた。気の所為かもしれないが、幸せなオーラが漏れ出ている気がしてとてもじゃないが見ていられなかった。
俺は二度と振り返ることをせず、学校から逃げるように家に帰った。
家に帰ると、両親や妹からも心配され、そんなに酷い顔をしているのかと俺は鏡で自分の顔を見る。
全く気づいていなかったが、目は赤く腫れていて、その目には光が宿っていない。死んだような目だった。
笑おうとしてみても引き攣った笑顔になるだけで、上手く笑うことは出来なかった。
(捨ててきたつもりだったのにな。捨てきれなかったみたいだ)
琴音への気持ちは、今日司から相談を受けると決めた時点で捨ててきたつもりだった。
だが今の俺の顔を見る限り、完全に捨てきることは出来なかったようだ。
俺は改めて、その気持ちを捨てようとする。さようなら、俺の初恋。おめでとう、司、琴音。そしてさようなら。
幼馴染の初恋が叶ったことは喜ぶべきことで、それは俺に口出しできることでは無いと割り切り、俺はできるだけ琴音への恋心を忘れようとした。
きっともう、関わることも無いのだから。
☆
私たちは暫く抱き合った後、お互いのことを見つめ合う。嬉しさのせいか、司の表情筋は緩みまくっていて、普段見せることがないようなだらしのない顔になっていた。
きっと私も同じような顔をしているのだろう。
そんな風に考えていると、一人の人物が教室に入ってくる。
「お。お二人さんどうしたの? こんな時間に」
「あぁ、陽葵か」
陽葵は私たちと悠の共通の友人で、割と何でも話せるような仲だった。
だからだろうか。私は思わず口を滑らせてしまった。
「私たちね、付き合うことになったの」
「そうだ、ついさっき告白したばっかなんだけど」
2人して、恥ずかしそうに頭を掻きながらそう言う。しかし、陽葵だけはその様子を複雑そうな顔で見ていて、「だからあいつ……」と呟いていた。
「ねぇ、それ悠知ってるの?」
「え? うん。私は悠に呼ばれて廊下で待ってたら、中で司が悠に恋愛相談しだして。それで話が終わったあとに私が教室に入ったから、知ってたんだと思う」
そういえば、少しぶっきらぼうだが応援するような言葉を言われたような気がする。
何故陽葵がそんな質問をしてくるのか分からず、私は首を傾げる。
「私さっき悠とすれ違ったんだよ。あいつ酷い顔してたよ? 2人は何も気づいてなかったみたいだけど」
「気づいてないって、何が?」
陽葵は遠くを見ていて、その目には呆れと哀れみが含まれているように感じた。
陽葵は大きく息を吸うと、私たちにとっては衝撃のことを話し出す。
「今だから言うけど、悠は琴音のこと好きだったんだよ。昔からずっとね」
「……え?」
「簡単に言うと、悠は自分を犠牲にして2人の恋を叶えたって訳だ。悠は2人の気持ちに気づいてたから、自分が入る隙は無いと思ったのかもね」
私たちは、陽葵から聞いた言葉に絶句する。顔から血の気が引いていくのを感じた。
悠が私の事を好きだったなんて知らなかったし、悠がその気持ちを隠して私たちの恋を応援してくれたことが信じられなかった。
私たちは悠に遠慮なく恋愛相談をしていたし、そのことについて何も考えていなかった。
一言も発さない私たちを見て、追い打ちをかけるように陽葵が話し出す。
「……2人とも、悠が転校するのは知ってると思うけど、引っ越すのは今日だからね」
「……」
「知らなかったの? 悠は何でそこまで……」
陽葵がそれ以上何を言っていたのかは聞き取れなかった。悠が転校することは知っていた。だが、引っ越すのが今日だなんて聞かされていない。
悠から、転校に関して詳しいことはほとんど知らされていなかった。
陽葵は、どうやら忘れ物を取りに来ただけのようで、ノートを取ると教室から出ていこうとする。陽葵は1度立ち止まってこちらを振り返り、
「悠の思いを無駄にしないで」
とだけ言うと、直ぐに踵を返して教室から出ていった。
残された私達は、しばらく動くことが出来ず、凍りついたようにその場で立ち尽くしていた。
ようやく動けるようになり、司がぽつりと呟く。
「俺たち今まで、悠にどんなことを言ってきた?」
「わかん、ない。でも、何度も何度も、悠に相談してた」
「俺もそうだ。その度に、悠を傷付けてたのか?」
きっと私なら、好きな人から恋愛相談をされたら耐えられない。一回ならまだしも、何度も何度も自分に気持ちが無いことを思い知らされるのは、とてつもない苦痛だ。
私は自分の行いを後悔すると共に、自己嫌悪感に苛まれる。私は司の気持ちにも悠の気持ちにも気付かなかった。どうしてそこまで鈍感なのだろうか。
どうしてそこまで気付けなかったのだろうか。
今更ながら、私は悠に連絡を取ろうとする。まだお礼も何も言えていない。謝れてもいない。
そう思い悠の連絡先を探すが、見つからない。どこにもない。どんなSNSにも、悠の連絡先が存在しなかった。
「ねぇ、悠の連絡先あった?」
「無かった……。何でだ? どうして1つもないんだ」
私たちは、そこで1つの結論に思い至る。
「私たちとの関わりを無くすつもり?」
「そうだろうな。どうしてそこまでするんだ……」
こういう事はすぐに気付けるのに、肝心なことには気付けなかった。
私たちは急いで荷物を持って、悠の家に向かった。
☆
悠の家に着くと、既にそこはもぬけの殻だった。まるで悠という存在が無くなってしまったかのように、俺たちの周りからは悠の痕跡が無くなっていた。
途中俺と琴音の家を確認したが、悠は来ていなかった。
「悠、もういなくなっちゃったの? 私たちに何も言わずに」
琴音が、少し怒りを込めてそう呟く。確かに、何も言わずに引っ越したことには怒るべきかもしれない。
だが、今の俺にその資格があるとは思えなかった。俺たちには、悠を責めることが出来るとは思えず、琴音の口を塞ぐ。
「俺たちは何も言えない。悠の選択を、尊重するしかない」
「でも、こんなのって、こんなのって……」
琴音が小さく泣き始め、その声が少しずつ大きくなる。俺はそんな琴音をぼーっと見ることしか出来ず、何もすることが出来なかった。
ひとしきり泣き終えたあと、俺は琴音に一つの結論を伝える。
「悠の分まで、幸せになるしかない。そして、悠の苦しみも背負うしかない」
「そう、だね」
陽葵が言っていたように、悠の気持ちを無駄にしないことしか、俺たちに出来ることは無い。
悠の引越し先もよく分からない。今どこにいるのかも、何をしているのかも分からない。
悠の苦しみをどうにか出来る訳では無い。だが、その苦しみを理解した上で俺たちは過ごすしか無かった。
俺は、誰もいなくなった家を見上げ、それから琴音を連れてそこを離れるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
ちょっとだけ人物紹介。
悠(主人公)
理想のシーンを創るために自分の初恋を犠牲にした。周囲にも呼びかけて引っ越しの日時は伝えないようにし、静かに2人から離れようとした。
自分は邪魔だと思っていたため、何も言わなくても大丈夫だと思っていて、悪気は無かった。
司(イケメン幼馴染)
最初は悠が居なくなったことを寂しく思っていたが、悠の思いを大切にするために、琴音を幸せにしようと奔走。
ちなみに何とかして悠を見つけ出し、最近ではたまに悠とも遊ぶようになった。
琴音(美少女幼馴染)
悠のことをずっと引き摺っていたが、司が悠を見つけ出したことによって元気になり、悠とも友達として仲良くしている。
司の事が大好きで、司となんとかして結婚しようと頑張っている。
陽葵(友人)
悠の相談相手であり、実は悠のことが気になっていた。だから司と琴音には多少怒っていたが、悠と連絡は取り続けていたので満足。
大学は悠と同じところへ行き、悠を落とそうとしている。
悠の妹
お姉ちゃんとお兄ちゃんのような存在が居なくなり、少し悠に怒っていた。基本的にはブラコンなので悠が居れば満足。
今は悠が陽葵に取られないようにしている。