これが“ミドルエイジ・クライシス(ミドルライフ・クライシス)”か!ということについて
このところ、情緒不安定だった。
まあ、不安定といっても、僕の場合は法華経やら、般若心経やら唱えたりしているので、普通の人よりまだそれでも安定している気がする。
ーー日々、めっちゃ平凡に幸福なのである。
しかし、最近なんか過去にあった「イヤなこと」ばかり思い出すなあ…
ほとんどの場合は、「心」がつながっているので、僕ではなく「相手が」その出来事を思い出していて、こちらにその“イヤな気持ち”が流れてきているような感じなのだが、とにかく「鬱陶しい!」「偉人の名言だが、自分が幸福なのに、なぜわざわざ、他人の噂の上に幸福を築き直さねばならない!?」という感じで、何かとヒマな時にモヤモヤしていた。
そして、ハッと思い当たった。
これ、僕にとっての「ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)」じゃね!?と。
普通は、比較的裕福な人(金銭的、時間的に余裕のある人。昔は、貧乏人にはそんなものはなかった。今は皆、ぜいたく過ぎるのかもしれない)だけが、体調の変化やら、キャリアの停滞やら、子育ての一段落やらで人生を深く考えすぎてしまい、突飛な行動をとったり、やたらと何か新しいことを始めたりするものだが、自分も「平凡に幸せすぎて」いろいろ考えてしまっていることに、思い当たったのである。
ーー余裕が出てきたから、何かやらなきゃならないのかな?(まさに典型的!)
ーーあの時のあいつは、最低だったな。(もうとっくに克服できる結論出してるのに、しつこく出てくる)
すべて、僕は、今の自分がまだまだ大きく、もっと幸せにならなければならない、と思っていたのだが、まったく逆だったわけである。
幸福すぎて、余裕がありすぎて、「何か不幸を探してしまっている」状態だったことに、遅まきながら気づけたのだ。
自分の現状が、あまりにも小さいところで満足してしまったからこそ、周りにあてられて、「あれ? もっと上を目指さなきゃならないのかな?」と、上昇のために自分を粗探ししていた。
その日、仕事を終えてビールを飲む(大腸がん予防のため、1日350ml2本まで。蒸留酒はダメ!あとは何かでごまかす)、そして少しだけ、本やドラマ、マンガ、音楽を楽しむ。…書きたくなったら何かを書く。
とっくに、ボーッとして幸せな人生になっていたのに、まだ[あせっている(何かをしなければならないと思っている)]自分がいて、それが「過去のイヤな出来事を思い出す」という形で表れていたのだと、今日感じた。
いや、「中年の危機」って、ほんとヒマだからなるんだと思う。
生きていくのに必死な生き物は、そんな「無用な悩み」「無用な迷い」なんてないもの。
ここしばらく夏で戦争特集が続いたけど、本当にそういう、過去の理不尽なことを乗り越えていってくれた人がいたからこそ、今の小市民でも、中世の貴族並みに「贅沢な悩み」が持てるようになったのではないだろうか。
…いや、いつものごとく完全な自論なのだけれど、僕はこれから過去の「イヤだったこと」を思い出すたび、“ああ、今の自分はあまりにもヒマ(余裕があり)すぎて、幸せな『不幸さがし』をしてるんだな”という結論を思い出したいと思います。
いや、ほんと、もう人生のんびり生きていく〜。今日しんどくなったら、すべて取りやめて、またやりたくなる日まで放っておく〜。
ーーありがとうございました!!




