学び過ぎは、老化を早める(かもしれない)
「学断てば、憂いなし」
中国古典、莊子にある言葉だったと思うが、かつての学者たちに、老荘思想 (老子と莊子の思想)は最もらしいことを語っているように感じるが、はなはだ間違っている、とも言われている。
ただ、「最もらしい」部分には、生きていく上での一理があるようにも思える。
賢くなるほど将来の不安ばかり見えてくる“学び”はやめてしまい、その時できる、自分にとっての対処だけをしていく。
生きるのは、かなり楽になるのではないだろうか。
僕も莊子の訳者が書いていたように、その衝撃的な言葉群に、とても魅了された。
しかし時間が経ってみると、やはり文化の崩壊を招くな、というような極論も多いので、楽しめる部分だけを楽しんで読ませていただいた。…そして内容は、ほぼ忘れた。
そしてこのタイトルに還る。
人生頑張って、いろいろやるのはいいが、やはり人間は動物。
どこか習慣、習性で、多少の無理があっても続けてしまい、自分では陶酔しているが、他人からは違和感を感じられる人がいるのではないか、と思う。
何事も突き詰めてみる、学んでみるのは良いことだけど、人によってそのペースで、ほんとに幸福度が違ってくる。
前のめりに人生をやるのではなく、「おっと、ちょっとのんびりしすぎたかな。これくらいはやっておかないと」というスタンスの方が、総合的には過ちが少なく、他者も傷つけず、ほどよく満たされた道を歩めるのかもしれない。
…もちろん、他人との競争の心を卒業した、成熟した「人間」にしかできないことだが…
短い話だった…
いや、実はまったく別のエッセイ話を書いていて、あまりに普通すぎる内容なので「やめとこう」と思ったその日の夕方に、ビールを飲んでただ浮かんだ内容であっただけのこと…
申し訳なし!
というわけで、またお説教みたいな内容が続くかもしれないよ!!
ゴメンね。どんどん偉そうになってて!
だって、頑張ってると、疲れてくたびれた顔が鏡に映って、「これとこれは、今日やらないでいいか〜」と適当にやると、若返るんだもん!!w
そんな気がする人生…
斎藤一人さんの、「ほんと、物事を軽く考えることは大事よ!」というのは、確かかもしれない…




