挽回(脚本)
【登場人物】
月川花枝(28)…………………主人公
タツヒコ (25)………………通行量調査のバイト
豊島理子(24)…………………主人公の部下
月川新平(20)………………花枝の旦那
米田(30)………………花枝の上司
スーツ姿の中年男性
1 お台場「チームラボ ボーダレス」・内
川野新平(20)、光に包まれながら逆光でシルエットになった女と楽しそうにはしゃいでいる。
2 道A(朝)
キャップ帽を被ったタツヒコ(25)、椅子に座ってカウンタを手にカチカチと鳴らしている。
歩いて来た月川花枝(28)、タツヒコと目が合う。
花枝、タツヒコの前を通りがかる。
タツヒコ、カウンタを一回押す。
花枝、タツヒコの前を通り過ぎていく。
3 オフィス
豊島理子(24)、ノートPCで作業している。
花枝、入ってきて、理子の目の前の机に大量の紙の束を置く。
花 枝「お客様からの苦情。紙にした方がリアリティ出るでしょ?」
理 子「(唖然)」
花 枝「何もあなただけの責任じゃないの。でも、商品の企画責任者としては、お客様一人一人の気持ちに沿った今後のケアを考えなくちゃね」
理 子「……はい、すいませんでした」
花 枝「謝らなくて良いの。挽回してくれれば問題ないから」
理 子「はい、すいません……あ」
花 枝「(理子をじっと見つめて)」
4 道A(朝)
タツヒコ、椅子に座ってカウンタを手にカチカチと鳴らしている。
花枝、タツヒコと目が合う。
花枝、タツヒコの前を通りがかる。
タツヒコ、カウンタを一回押す。
花枝、折り返してタツヒコの前を通り過ぎる。
タツヒコ、カウンタを一回押す。
花枝、振り返って、タツヒコを睨む。
花 枝「あの、失礼ですが、何を数えてらっしゃるの?」
タツヒコ「……っす(カチカチとカウンタを鳴らしていく)」
花 枝「あなたに言ってるんですが」
5 オフィス
理子、電話をしている。
理 子「……はい……はい、そうですか、大変失礼いたしました。確認してすぐ折り返します(電話を切る)」
花枝、入ってきて、理子の目の前にPCを置いて開く。
理 子「あの……」
花 枝「(PCを操作しながら)ググって分かることなら、ググってから聞いてね」
理 子「はい……いや、あの……お詫びに送ったノベルティが、違うものが入ってみたいで……」
花 枝「現場に即連絡、再発送の手続き。お詫びの手紙作成、間違えたノベルティの処理」
理 子「……はい」
6 道A(朝)
女A、椅子に座ってカウンタを手にカチカチと鳴らしている。
花枝、歩いてくる。
花枝、立ち止まって女Aを見つめる。
タツヒコの声「あ、この間の。おはようございます」
花枝、振り返る。
タツヒコ、ペットボトルの水を飲みながら立っている。
花枝、歩き始めて女Aの横を通り過ぎる。
女A、一回カウンタを押す。
タツヒコ、花枝の隣に並んで歩く。
タツヒコ「ウチのバイト、通行人と話したら上の人から怒られちゃうんすよね。どっかで監視されてて」
花 枝「あ……はい」
タツヒコ「今度、この道の先の公園を取り壊して商業施設ができるじゃないですか。そのための通行量調査っすね」
花 枝「あ、はい、そうですか」
タツヒコ「お姉さんは何のお仕事されてる方ですか?」
花 枝「ちょっと急いでるんで」
花枝、小走りで逃げるように去っていく。
7 オフィス
理子、貧乏揺すりをしながら、PC画面を眺めてエンターボタンを連打している。
花枝、対面でコーヒーを飲みながらPC画面を眺めている。
花枝、コーヒーを机に置く。
コーヒー、振動で揺れている。
花 枝「ちょっとやめてくれる? 揺れてるんだけど」
理 子「(貧乏揺すりをやめて)はい、すいません」
花 枝「(独り言のように)……定期購入の解約者続出。もう既に社員三人分の給料ぐらいは消えちゃったわねえ」
理 子「……すいません」
花 枝「謝んなよ」
8 駅前・ベンチ
花枝、私服姿でべンチで本を読んでいる。
花枝のスマフォに着信。
花枝、スマフォを耳にあてる。
花 枝「……知らないわよ、そんなの。あなたの商品のお客さんでしょう? 自分の頭で考えなさいよ」
タツヒコ、花枝の隣に座る。
花 枝「(タツヒコを気にしながら)休みの日まで電話かけてこないでくれる? あなたの声聴いてたら台無しの気分よ」
花枝、電話を切る。
花枝、立ち上がって歩き始める。
タツヒコ、立ち上がってその後をついてく。
タツヒコ、後を追ってきて花枝の横に並ぶ。
タツヒコ「バイト、なくなっちゃいました。公園に住んでるホームレスが開発に反対して、団体みたいなのができちゃって」
花枝、黙々と歩く。
タツヒコ「(カウンタを取り出して)企業にとっちゃ無駄足でしたね。金は入りましたけど」
花枝、立ち止まって振り返る。
花 枝「警察呼びましょうか?」
タツヒコ「……警察?」
花 枝「ストーカーですよね」
タツヒコ「……いや、俺は、ただお姉さんが危なそうに見えたから……」
花 枝「危ない?」
タツヒコ「毎朝、すごい形相で歩いてましたから……」
花 枝「はあ? 危ない人はどう考えてもあなたの方でしょ」
タツヒコ「……あ、いや、そうじゃなくて」
新平の声「花枝」
新平、花枝のもとにやってくる。
新 平「ごめん、電車乗り遅れちゃって。まだ内見の時間間に合うね。(タツヒコの姿に気が付いて)この人は」
花 枝「知らない。なんかついてこられて」
タツヒコ「……あっ彼氏さん……そっか」
新 平「(タツヒコに睨みをきかせて)夫です。ナンパならやめてもらって良いですか」
新平、花枝の手を引いていく。
9 お台場「チームラボ ボーダレス」
新平、シルエットの女の手を引く。
10 オフィス
花枝、呆然と立ち尽くしている。
机の上に置かれた「退職届」
米田(30)、そこへ、入ってくる。
× × ×
米田、PCを開いて花枝、向き合って座っている。
PCから花枝の声が流れている。
花枝の声「ググって分かることなら、ググってから聞いてね…………定期購入の解約者続出。もう既に社員三人分の給料ぐらいは消えちゃったわねえ……知らないわよ、そんなの。あなたの商品のお客さんでしょう? 自分の頭で考えなさいよ……休みの日まで電話かけてこないでくれる? あなたの声聴いてたら台無しの気分よ」
米田、パタンとPCを閉じる。
米 田「月川さんはウチに必要な人材ですし、会社としてもできる限りのフォローはしますが……」
11 橋
花枝、橋下を見おろしている。
花枝、ふと、隣にスーツ姿の男性が同じように呆然と見おろしている。
スーツ姿の男性、欄干に手をかける。
タツヒコ、やってきてスーツ姿の男性の隣に走って来て、スーツを掴む。
花枝、タツヒコと目が合う。
12 カフェ
タツヒコ、ジュースを手に花枝と向き合っている。
花枝、軽く貧乏揺すりをしている。
タツヒコ「親父が亡くなった日のことはよーく覚えてますね。もう十五年も前のことになりますが。浴室で凄い物音がして駆けつけたら、肌色の塊が浴槽にへばりつくみたいになってて。『お父さん、お尻出して何してるの?』とか笑いながら、近づいて顔を見たら、口からシャンプーみたいな泡がドロドロと流れてて―」
花 枝「あの」
タツヒコ「はい」
花 枝「いえ……」
タツヒコ「あ、なんか生々しいっすよね。まあ、それで、その後、労基署に親父の働いていた印刷会社の営業部のタイムカードを調べてもらったら残業が100時間超えで、会社も隠蔽しようと駄々こねたみたいですが、結局労災認定もおりて、慰謝料も支払われました」
花 枝「……」
タツヒコ「2800万円。一家の柱的存在なら、相場はそれぐらいですね。まあ、俺一人育てる分ぐらいの金はできたんすよね」
店員、「お待たせしました」と花枝の前にコーヒーを置く。
コーヒーの水面、揺れている。
花枝、貧乏揺すりをやめる。
タツヒコ「慰謝料の定義って知ってます? 亡くなった労働者と遺族の精神的苦痛に対して支払われるってやつ」
花 枝「いや……」
タツヒコ「まあ、そんなんじゃもちろん、救済されることはないんすよね。俺はもっと早く親父に仕事に行くのを辞めさせることができた。その思いに十五年間ずっと囚われ続けて、疲れてそうな人みたら、敏感になって喋り掛けちゃうんすよね。そうやって俺は挽回してるっていうか」
花 枝「挽回……」
花枝、コーヒ―に手をつけるが離す。
タツヒコ「あ、いや、だからなんかすんませんでした。怖い思いさせちゃって。最初に俺に話しかけたのはお姉さんっすけど(と笑ってジュースを飲む)」
花 枝「もっと疲れてそうな人はいませんでしたでしょうか」
タツヒコ「はい? あ、いやいっぱいいますよ。ただ、なんかさっきのオッサンみたいなのとかはランクが違うっていうか。お姉さんも、まままあでしたけど」
花 枝「……同じ道を通る若い女の子がいたと思うんですが」
タツヒコ「……女の子、女の子ねえ」
花 枝「女の子っていっても、24歳ぐらいの女性で。私よりも、もっと前に歩いてくるはずですが」
タツヒコ「……(考え込む)」
13 お台場「チームラボ ボーダレス」
新平、女のシルエットと歩いていく。
女のシルエットに光があたり、楽しそうな理子の表情が浮かぶ。
〈了〉