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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
75/75

≪GT編(終) 07話 -明日に生きる人々- (5/5) ≫

「あんたもさー、そんなに女の子に期待もてないんなら、自分がその理想の女の子になればいいじゃない」


「なりませんよ!」


 自分は決して女装に興味はないし、今後も興味はもたない。ただ最近、男もやはり身だしなみが大切だと思えるようになってきていて、空いた時間でネットで化粧の技術に目を通してはいる。ドラッグストアの化粧コーナーにも迷い込んだ振りをして、こっそり探っている。ショウは物事にのめり込む方であり、女性の化粧技術に関しても調べているのである。やはり化粧に関しては男より女の方が一枚も二枚も上手であり、学ぶべきものは多い。正直、本気でやれば、いい線までいく自信はある。だがあくまで自分は男である。化粧技術の習得のために女装をしてみるのはやぶさかではないが、女になるつもりはない。


「俺は心も身体も立派な男です」


「水をかぶったら女の子になれるとかできたらいいのにね」


「何言ってるんですか、センパイ」


 ショウはリョーコの発言を鼻で笑った。


「生まれ持った性別ってのはそんな軽いもんじゃないでしょう。大事なのは中身ですよ」


 ショウの熱い語りにリョーコは言葉を失う。


「水をかぶったら、女になっちゃう? じゃあ男はなんなんですか」


 ショウの熱い問いかけに、リョーコはかしこまって黙ってしまう。


「……まさか、お湯とか言いませんよね」


「……ダメ?」


 リョーコのお伺いの言葉。


「そんなのシャワーも浴びれないし温泉にも入れないじゃないですか、バカ言わないでください」


 スイッチが入ってしまったショウは止まらない。


「センパイ、男はね、男ってやつはね」


 リョーコは打ちのめされ、ただ茫然とするしかない。


「男ってやつはですよ……!」


 ショウは語りに拳をぐっと入れ込む。


「男はね、〝泥〟をかぶってこそ、男なんですよ……! わかりますか、センパイ」


 それはショウは魂の宣言だった。


「……ああ、そうね、そうだわね」


 リョーコはさっぱりと受け流した。


「ちょっと! なんなんですか、今、めっちゃいい事言ったのに。泥をかぶるって男らしいでしょ」


「確かその通り、あなたの言う通りだわ」


 なんでそんな素っ気ない対応をされなければいけないのか。自分はすごく真剣に熱く語っているのに。ショウはリョーコの反応が理解できない。しかし、リョーコはなぜか落胆しているため、それ以上、ショウは追及はできなかった。


「じゃ、私、帰るわね。今日、旦那様がマッサージの人頼んでくれてるの」


 リョーコはマスクを口元に戻した。


「この前言ってた台湾人のお弟子さんですか」


 ショウもマスクを口元に戻す。


「日本人よ、その人は。台湾人の先生に教わったってだけで」


「そうですか」


 ショウもリョーコの言葉を受け流す。


「なんかつれないわね。マッサージ受けたりとかしないの? 今は安いお店もたくさんあるじゃない」


 素っ気ないのはマッサージにあまり関心がないのもあるが、さっきのお返しもしたかった。


「俺はノー・センキューです。安いところは技術も安いに決まってます」


「お父さんとかマッサージ受けたりしないの?」


「おやじですか? ああみえて変にこだわりがありますからね。安い店なんかヘタクソしかいないって決めつけてるから行くわけないですよ」


「親子ね。ま、意外にそういう人ほどハマったりするんだけどね」


「おやじがそんな物分かりがいい人間だったらどんなに楽か。自分の事しか考えてませんよ」


「みんな、そんなものでしょ、私もあなたも。自分の事しか考えていない」


「俺はセンパイの事、考えてますよ」


「でも、理解はできてなかった」


「それは言ってくれなかったからじゃないですか。さっきの朝の話だって」


「それでも、あなたは私を立ち直らせることができたじゃない」


「……そうなんですか?」


 微笑んだままのリョーコの言葉にショウは驚いた。


「あなたがいたから、私は自分と向き合うことができたのよ。……昔の自分とね」


 その言葉にはショウは何も言えず、頭を掻くしかできない。


「だったら……」


「いいのよ。あなたはそれでいい。キレイごとじゃ人は救われないし、みんな自分の事しか考えない。だから、ほっといても勝手に救われる。逆にかまうと余計につけあがる。そういうもんでしょ? 人はお互い分かり合う必要なんてどこにもない」


 否定はできない。しかし、肯定もしたくなかった。


「これぞまさしく弟セラピー」


「俺はペットか何かですか」


 笑いながらも抗議するショウの脳裏にアニマルセラピーという言葉がよぎった。


「……そういえばさ、携帯料金、最近安いプラン出たじゃない。よくわからない四文字英語の。マッサージの先生が電話番号使えなくなったって、なんかうちの旦那とワイワイ騒いでたのよ。どういうことかわかる?」


「知りませんよ、どうせ安さにつられてその四文字英語で新規契約したんでしょ。前の番号は解約した」


 女は本当に唐突に話を変えてくる。それはショウの実感である。思わず返しもつっけんどんになる。


「ああ、なるほど」


「俺は正直、値段だけで変える気は今のところ無いですけどね。何があるかわからないし、うまい話には裏がある。後先考えずに飛びつくからそういうことになるんです」


 ショウは言いながら、それが自分の頭に鋭利で鈍器なブーメランとして突き刺さっていることは自覚していた。


「一回、ご家族には連絡しときなさいな。どうせしばらく電話してないんでしょ?」


「……大丈夫です、心配してませんよ。どうせ小うるさい事しか言われない。いつもそうなんだから」


 それは正直、ちょっと勘弁してほしい。ショウの本音である。


戸石(トイシ)くん」


 突然のリョーコの呼びかけは真剣だった。

 そして、リョーコはショウに近づき、のど元に指先を突きつけた。

 ショウは思わず両手を上げる。


「このクソッタレな世の中が、いつまでもてめえの思い通りになると思うなよ」


 鋭い視線とマスクの下から発せられた言葉に、ショウの息が止まった。


「……なんてね? 心配してるわよ、きっと」


 にっこりとリョーコは笑顔。


「自分はそう思っても、相手がそうとは限らない。みんな、独りじゃ生きていけないんだから、誰だって独りなわけないじゃない。すみっこでメソメソ暮らしをお望みならそれでもいいけど」


 リョーコの物言いにショウは何と言っていいのかわからず、困惑の表情を浮かべるしかない。


「じゃ、小須戸クンにもよろしく言っておいてね」


「それは自分で言えばいいじゃないですか」


 ショウはそこはなんとか言葉を返した。

 オフィスを出ようとショウに背中を向けたリョーコは、振り向いてマスクを引っ張り口元を見せた。


「いやよ。負けを認めたみたいでくやしいじゃない。それに〝また会いましょう〟って人を通じて言うから真実味があるの。じゃね、私のかわいい弟、ショウ君、これからもよろしくね」


 そして、バイバイ。と手を振って、リョーコはオフィスを出ていった。

 ショウもバイバイ。と手を振って、リョーコを見送った。



 ショウは独り、オフィスに残った。

 さて、どうしたものか。とショウは大きくため息をつく。

 スマホを取り出し、画面を見つめるショウの表情は苦くて固い。

 ショウはスマホを机の上に置き、マスクも外して机に置いた。Yシャツも脱いだ。

 そして、えっほえっほ。とスクワットを10回ほど行った。

 続いて、腕立て伏せを10回。しかも一回、宙で手をぱちんと叩く腕立て伏せである。

 そのあと、腹筋、背筋とそれぞれセットで続け、ストレッチで身体を全体的に伸ばしていく。

 ゆっくり気持ちを落ち着け、机の上に残っている甘くて柔らかいお菓子を口に放り込む。

 口の中に広がるまろやかな食感と素朴な素の甘味。ショウはこの一年で甘辛酸(あまからさん)といった味覚で味わう旨味(うまみ)の他に、固さ、柔らかさ、粘りといった食感の味わい、旨味(うまあじ)というものを感じられるようになった。

 しっかりとそれらを味わい、飲み込んだところで、ショウはペットボトルのお茶を全部飲み干す。


「っシャ!」


 両手で頬をぱちんと叩いて気合を入れた。

 ショウはスマホを操作して、電話を架ける。

 しばらく続くコール音、そして電話の応答。


「ああ、オレ。オレオレ、オレだよ、オレ。ヒメか? ひさしぶり。え、何、法人立ち上げるから手伝え? 何言ってんだお前。いや大丈夫か、おい。……おやじに替わる? ああ、わかった、替わってくれ。……久しぶり、っておやじ泣いてんのか。いや、生きてて良かったって大げさだろ、そりゃ生きてるよ。え、かーちゃん? もう何だよ、替われよ。ああ。おふくろ? うん、オレ。……いやいや帰って顔見せろって、今のご時世を考えてくれよ。何、もう全員コロナ済ませたから問題ない? どういうことだよ、おい!」


 彼の名は戸石(トイシ) (ショウ)

 都心からやや離れた駅商店街の一角で居酒屋を営んでいる父、母、長女、長男、末妹の五人家族。

 彼はその一家の長男である。

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