≪GT編 07話 -明日に生きる人々- (4/5) ≫
「なぁに?」
語り終えたリョーコは眼鏡を外し、満足げにおしるこを口にした。
「なぁに?じゃねーよ! おかしいでしょ、これ。なんでバッドエンドなんですか、話の流れがおかしいですよ!」
「ごめんねぇ。私、作家じゃないからさ。適当でも勘弁して?」
「勘弁できねぇよ、最後、おかしいでしょ! 作り話なんだから最後は気持ちよく終わりましょうよ。読者の気持ちを考えてください!」
「最後、少年は村の仕事から解放されたじゃない」
「いやいやいや、そんな設定なかったよね? 村の仕事はしてたけど、別にそれが押し付けられたとか罰ゲームとか、そんなんなかったよね?」
ショウは思わず立ち上がって抗議する。
「もうー、わがままいう子ねぇ」
「どうせ、犬っコロがセンパイで護摩堂さんが少年で、って話でしょ」
リョーコはうっ、と一瞬言葉に詰まり、そして顔を逸らして、チッ。と口に出した。
「チッ、じゃねーよ。チッじゃ」
「どうしてわかったのよ」
「これだけ散々普段からのろけ倒してればわかりますよ。どうせ自分の感情だけが先走ってたけど、ほんとは護摩堂さんもセンパイを好きになっていた。キュンキュンラブラブぅ。とかいういつもの流れじゃないですか。どうせ今回は趣向を変えて、犬と少年に置き換えたってだけでしょ」
「……バレちまっちゃあ、しょうがねーな」
リョーコは、身分を隠しつつ遊び人を謳歌するお奉行様のような口調で答えた。
「だいたいですね。犬と人間がそこまでわかりあえますか。言葉が通じないのに」
「そうねー」
「今の話、ヘタな人間同士よりお互いの気持ちを読み取ってるじゃないですか。ありえないですよ、フィクションですよ」
「そうよねー」
「俺だって家族に、その犬の半分も思いやりがあったなら、こうして一人で好き勝手生きてませんよ」
「それは言い過ぎじゃない?」
「センパイは他人だからそう言えるんです」
ショウは口をへの字に曲げて言い切った。
「……ひどいわ。お姉ちゃんを他人だなんて」
リョーコはめそめそと泣く仕草をした。
「いや、今のは言葉のあやじゃないですか。マジにとらないでくださいよ」
「私だって言葉のあやよ? ……いつから嘘だって気付いたの」
「淡々と語りすぎですよ。人間、真実を語るときって、支離滅裂で聞けたもんじゃないですか」
「そうなの?」
「覚えがありますよね、センパイ」
「ええっと~……」
ショウのジト目にリョーコは思い出し苦笑いでそっぽを向いた。
「逆に人間、嘘をつくときは無駄に辻褄を合わせようとする、聞き手を騙そうとするから。真実を語るときって真実しか語らないから、その人の話だけだと矛盾だらけだったりするんですよね。でもそれからいろんな状況とか違う視点で物事を見てみると、その矛盾こそが真実の証明だったりするわけで」
「哲学ね。真実は真実であるがゆえに真実ではない」
「そんな話ばっかりでしたよね、この一年。そういう意味では有意義な一年でしたよ」
「ま、今の話も所詮、昔の話だからね」
リョーコはおしるこの缶をぐいっと飲み干した。
ショウは椅子に座り、ため息をついた。
「いつかはこのコロナ禍も〝むかしむかし、あるところに〟って語れるようになるんですかね」
「今からでも語ればいいじゃない。あなたにはその資格がある」
「確かにコロナにはかかりましたけど。……それを言ったらセンパイはどうなんですか」
「どうって?」
「どうって……、そりゃこのコロナ禍に対して思うところとか」
勢いで言葉を返したためにショウは苦し紛れになった。
「無いわよ、私には。だって私はコロナ禍の恩恵しか受けていないもの」
そう言って、リョーコは飲み切ったおしるこの缶を手に立ち上がった。
「どういうことですか」
「だってそうでしょ? 私、コロナ禍がなかったらこうして職場に復帰できてないし、あなたとこうして話すこともなかった。今だから言うけど私、毎朝、そこのお手洗いで吐いてたからね?」
「……嘘ですよね?」
「今はもう平気よ。去年の夏くらいまでの話」
微笑んで答えるリョーコに、ショウは戸惑うしかない。
「これは、〝独りぼっちの私〟が〝独りぼっちではない私〟を取り戻す物語」
えっ、そうなの? ショウの目が点になる。
ドンと構えているリョーコに、これ、そういう話なんですか? とショウは心の中でだけ大きく突っ込んだ。
「探せ! 世界に散らばった私の〝ソウル〟を! 私の全てをそこに置いてきた!」
どこかで聞いたような物言い。
わき上がる衝動をこらえ、ショウは口をへの字に結び、瞼を閉じる。
「世界に散らばりし、七つの我が〝ソウル〟。全て手に入れたものには、どんな願いもかなえてやろう」
絶対に突っ込むまいと、ショウは全身の指の先まで力を込める。
リョーコの続く語りをショウは待ち構える。だが、続く語りは訪れない。
うっすらと目を開け、リョーコの様子を伺う。
リョーコは自身のスリムでスマートでスタイリッシュな胸元に両手を当て、ワキワキさせながらこう言った。
「……叶わぬ、願い」
ショウは思わず噴き出した。
「やっと笑った」
「それは卑怯ですよ……」
腹をかかえてクックックッと笑いをこらえるショウ。
「人のコンプレックスを笑うなんて失礼な」
「失礼じゃねーよ! 笑わせてんのはそっちじゃないですか。笑うわ、そんなん」
リョーコは笑顔だった。
「いいじゃない。笑う門には福来たる」
そして、ショウの机にある缶コーヒーの空き缶を取り、軽く振った。
「これも中身、飲み切ったみたいだから、捨ててくるわね」
そう言って、リョーコはオフィスを出ていった。
オフィスのデジタル時計はPM六時を示した。
「お疲れさまでした」
ショウとリョーコは互いに席を立った。
「この度はわたくしめのような不束者を相手に一年間、ありがとうございました」
リョーコはかしこまってショウに頭を下げた。
「それはこちらこそ、ですよ。でも何も辞める必要はなかったんじゃないですか」
「だってぇ二人目作らないとだしぃ」
ぶりぶりとリョーコは語る。やっちまった。とショウは言ってから気づいた。
「聞きませんよ」
「聞きなさいよ!」
ショウは先手を打った。リョーコは抗議をした。
リョーコはコートを羽織り、帰り支度を始める。
「まあでもいくら楽しいとはいえ、正直なところ会社員をしながら子供を産み育てるって無理だと思うわよ」
「それは……そうだと思います。自分の子供の頃を考えても」
「帰る家に誰かがいるといないとでは全然違う。子供は特にね」
「でもその流れには逆らえないんじゃないですか、これからの時代」
「……ま、一つ見方を変えるなら」
リョーコはなぜかマスクをアゴに下ろした。
ショウは正直、嫌な予感がしたがあえてリョーコの意見を聞くことにした。
「女も働けってのは、それも一つの商売だからね。経営者側の意見としては働くコマが増えてくれた方がありがたいし」
ショウは何か言おうと思うのだが、何を言っても嫌な返答しか返ってこないのが想像できてしまった。
「知ってる? 日本経済の高度成長期、バブルと言われた黄金時代、その頃って3割ぐらいが個人事業主だったのよ。それから終身雇用が言われ始めて、今は個人事業主の占める割合は1割。結果として少子化が進み、終身雇用も今や夢物語」
「その先、聞きたくないんですけど」
「言い方を変えれば終身雇用も所詮、経営者都合の営業トークでしかなかった。ってことよ。人手不足ならそれでいいけど、実際問題、人口の9割も会社員生活に適応できるわけないじゃない。受ける側もそうだけど、やる側だってそうでしょ、みんなが規則正しい上下関係の社員生活、適応できると思う?」
「……非常に耳が痛うございます」
身近に心当たりがありすぎるのか、ショウにはつらい話だった。
「時代は変わる。永遠不変の時代なんて無い。かつて260年もハゲの天下だった江戸時代でも明治になってわずか10年ほどで終わりを告げたっていうじゃない」
「ハゲ基準にしないでくださいよ! ちょんまげでしょ! 剃ってただけじゃないですか、あれ」
「でも260年がたったの10年で完全に変わる。元々、髪の薄い人はさぞかし困ったでしょうね。男なのにハゲを気にするとか、女の私にはちょっと理解できないけどね。男はどうせハゲるんだから別にいいじゃない。バカにする方がバカなのよ」
ダメだ、早くなんとかして話をそらさないと。
「……センパイは今、幸せなんですか」
「当たり前じゃない。だからこれから産んで産んで産みまくる。いっそ機械のように産めたらって思うわ」
本気なのか冗談なのかわからない宣言だった。
ショウの困った顔に、リョーコは冗談よ。と笑った。
「でも四人は産みたい。そう思えるようになったのも、こうして会社員を続けられなくなったから。レールから引きずり降ろされて、初めて自分を見つめ直す……、独りじゃないって気づくことができたんだもの。あの人には色々情けないところ、みっともないところも見せたけどね」
リョーコはバツが悪いのか、舌を軽く出した。
「……お子さんの写真、見せてくださいよ」
ショウはマスクをアゴに下ろして、リョーコに伝えた。
「いいわよ」
リョーコはスマホを消毒したティッシュで拭いてショウに手渡した。
ショウとしてはアプリで送信でもいい気がしたが、それはそれで味気ない気もした。
スマホの画面には2歳ぐらいの幼児が笑った顔で映っていた。服装は男の子のものだった。
「……かわいいですね。センパイ似だ」
「ありがと」
ショウは同じように消毒をして、リョーコにスマホを返す。
「正直、女の子の服着た写真だったらどうしようかと思ってました」
「何言ってんの、あんた、バカじゃないの」
リョーコは笑いながらも怒っていた。
普段の自分の言動に問題があるのでは。と言いたかったが、それは言う必要はないのだろうな。とショウは思った。




