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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
71/75

≪GT編 07話 -明日に生きる人々- (1/5) ≫

 カタカタ、カチカチと静寂のオフィスに響くパソコンの操作音。

 感染対策で設置されているアクリル板に仕切られて斜向かいに座っているのは、ショウとリョーコ。

 マスクの二人は、パリッとしたスーツ姿。


「フィニーッシュ!」


 ターンとパソコンのエンターボタンをショウは勢いよく叩いた。


「あー、終わった終わった」


 ショウは席を立って、身体のあちこちをストレッチしていく。

 リョーコは眼鏡をかけたまま、パソコンの操作を続けている。


「センパイももう少しで終わりですよね? お茶菓子持ってきますね」


 一通りストレッチの終わったショウはオフィスを出て、休憩室に向かった。


「これでよし、と」


 リョーコも作業が終わったのか眼鏡を外し、椅子に座ったまま、うーんと身体を伸ばしていく。

 ショウがお茶のペットボトルとパックに入ったお菓子と紙皿を持ってきた。

 ショウはペットボトルと紙皿、お菓子をリョーコの机に置いた。


「これ、お菓子ですか? かまぼこじゃなくて」


「ちゃんとしたお菓子よ。近所の和菓子屋さんで買ってきたの」


 お菓子を指したショウの疑問にリョーコはクスリと笑う。

 紙皿を置いて、その上にかまぼこのような形状のお菓子を置いた。


「別に手渡しでもいいのに」


「ご時世がご時世ですからね。しっかりしないと」


「今日で最後なんだから、別にいいんじゃない?」


「今日で最後だからでしょ」


「私、おしるこが飲みたいなぁ?」


 席に戻ろうとするショウの背中にリョーコは問いかけた。


「わかりましたよ。ほんとわがままなんだから」


 ショウはオフィスを再び出ていった。



 自分の分の無糖缶コーヒーとリョーコの分のおしるこ缶。

 ショウは席に着いて、お菓子を手にする。

 確かにかまぼことは違い、かなり柔らかく、掴んだ指がそのまま沈み込む。

 感触としてはつきたての餅のような感触。


「おっぱいみたいでしょ」


 何を言い出すんだ、この人は。と思ったが、伊達にショウもこの一年間、リョーコと仕事をしていない。


「どちらかというと、女の人の二の腕って感じですけどね」


 動じることなく、ショウは返答した。リョーコのムッとした表情も想定通りである。コーヒーの苦みがここちよい。


「でも確かにもちもちしてて、面白いですね。味もなんか懐かしい」


 ちょうど一年前にリョーコが持ってきた木の葉型のお菓子とよく似た味だが、ねばりのある食感にほどよい甘味が合わさって、派手な味ではないが飽きることなく食べられそうだった。


「女を見た目で判断するなんてサイテーだわ」


 ムスッとしたリョーコの返答。どうしてリョーコが機嫌を損ねているのか、ショウには理解できない。


「……確かにおっぱいですね、これ。おっぱいおっぱい」


 こういう時には同意をして持ち上げておくに限る。特に理由の無い悪意には逆らってはいけないのだ。


「年末にしっかり味わった感触でしょ?」


「まだ、その話を引っ張りますか」


「当然よ、お姉ちゃんとしては弟クンのふしだらな女性関係には目くじらを立てておかないとね」


「反省してますって。もうあれから連絡とってませんし。そんなたかだか一回やったくらいで」


 ポロっと本音がこぼれたが、ここで動じてはいけない。動揺を悟られないよう、冷静を心がける。


「うまい話には裏がある。やるならやるでちゃんとお互い、親に挨拶するなりしておかないと。その場の勢いでやるから後で爆発炎上するのよ」


 リョーコはブツブツと言いながら、お菓子を口にした。モチモチした食感なので、歯で噛んだ後、手で引きながら嚙み切る形となる。


「なんなんですか。女は人生における地雷か何かですか」


「今頃気づいたの」


 ショウは缶コーヒーを口にする。香ばしさとほろ苦さが口に広がる。今更ではあるが、このひかえめな素の甘味のお菓子には無糖ではなく微糖の方がお互いをより引き立てそうだった。目の前のリョーコのおしるこ缶がうらめしい。


「女の人っていつもそうですよね。男の人のことなんだとおもってるんですか」


 コーヒーの苦みにつられ、発言も苦くなった。


「女にとって、男は生活の(かて)よ。誰を選ぶかで一生が決まるんだから、そりゃ手段なんか選んでられないわ」


「……センパイも、ですか」


「やだもう、何言ってんの。私は旦那様にお選びいただきあそばせられたのよ。私は旦那様を愛するという罪を犯し、旦那様は私を愛するという罰をその身に受けてくれんだからぁ」


 リョーコは途端にニコニコ笑顔になった。話を逸らすには、のろけさせるに限る。

 仕事を辞めてからの経緯、事情を全て話してからというもの、リョーコはすきあらばショウに対してのろけ話をするようになっていた。正直、同じ話を毎日毎日繰り返すので聞き飽きているのだが、こういうときには便利である。


「俺の家族はみんな、どっちかというと自分から地雷を踏んでいくタイプなんですよね。妹なんかしょっちゅう男に振られてるし」


「あら、かわいそう。良いオトコ紹介してあげたら?」


「アイツはそんなタマじゃないですよ。人の言う事聞かないし勉強はできないけど、ほっといても勝手に生きていけるタイプです」


「お姉さんは結婚してるんだっけ」


「姉は学生時代から付き合ってる人いましたからね。もっとも結婚も姉が押し切ったみたいですけど。去年、コロナ前の年末に実家に子供連れてきてたから会ったけど、……米俵のように肥えてましたね」


 米俵という表現が自分の口から出たことにショウは驚く。だがそれ以外に誰も傷つけないような気の利いた言い回しも思い当たらないのだった。


「ご両親はどうなの」


「親は市場で働いててそこで仲良くなって……って、すいません、これ何の羞恥プレイですか」


「いいじゃない。こういう時でもないとこういう話、じっくりできないし」


「俺の家族はみんなパワーこそ力で生きてくタイプですからね。地雷があったら踏み抜いてから考える。策略も何もあったもんじゃないですよ」


「いい家族じゃない」


「少しは俺を見習って、頭を使って生きてほしいですけどね」


「それで策士、策におぼれる、ね」


 話を蒸し返された。ショウは一計を案じ、策を講じる。

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