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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
70/75

≪GT編 06話 -どこから来て、そしてどこへ- (4/4)≫

「素直で正直な弟と、立派でかっこいい姉がおったそうな。ふたりはいつも畑仕事に精を出し、息の合った仕事ぶりは村でも評判だったそうな」


 リョーコは驚いて目を丸くしていたが、すぐに柔らかい笑顔になった。

 ショウは自分でも何を言っているのだろうかと思う。それでも何かを言わなければ収まらなかった。

 リョーコは噴き出した周りを軽く拭き取って、ショウの語りの続きを待った。


「ところがそのかっこいい姉は、突然、遠くの村の男の嫁に飛び出していったそうな。村人たちは言いました。やっぱり偉そうにしてても、やつは女。自分の事しか考えちゃいねえ。弟が村人に抗議しても、ほんまじゃほんまじゃ。と言って、みな自分達の意見を決して曲げません。姉ちゃんはそっただ人じゃねえ。きっとこれにはふけえワケがあるんだべさ。しかし、弟も決して村人たちの悪口には耳を貸しませんでした」


 リョーコは何も言わず、ただ黙ってショウの語りに耳を傾けていた。


「……センパイはもう、仕事には戻らないんですか」


 ショウはリョーコに真正面から問いかける。


「もう、道を踏み外しちゃったからね。でも不思議と未練はないのよ、やるだけやったから」


 リョーコの顔はさっぱりとしていた。


「何も辞めなくても良かったんじゃないですか」


「何もできなくなったからね。あのまましがみついてても会社のお荷物だったろうし」


「何もできなくなった?」


「そうよ。糸が切れたっていうのかな。もう大丈夫ってわかった瞬間、プツンと切れちゃって力が入らなくなったのよ」


 リョーコは右手で糸を掴む動作をして、左手のハサミでチョキンと刃を合わせた。


「……どういうことですか」


「不思議なものよね。自分でもびっくりだったわ。本当に何もできなくなったのよ、全身から力が抜けて、あれ?って。……家事もできなくなったのよ」


「……家事はできてたんですか?」


「家事もできないくらいによ。そこツッコむところ?」


「それはこっちのセリフですよ! どう考えても今の流れで家事云々は余計でしょ」


「まあいいじゃない。もう真面目に話しても仕方のない事なんだから」


 リョーコはケラケラと笑って、ペットボトルのお茶をごくごく飲んだ。


「結局ね、人材なんてものはいくらでも代わりは生えてくるのよ。今回だってそうでしょ」


「そんな、きのこやたけのこみたいに言わなくても」


 リョーコの語り口は取り付くシマがない。なんでそんな半分笑い話のように語れるのか、ショウにはわからない。


「じゃあセンパイはなんでまた会社に戻って来たんですか。俺をこの業務に指名したの、センパイですよね」


「ま、このご時世だからね。でなきゃ今も旦那様を支えてた。個人事業主ってなんだかんだやる事あるし。そういう意味ではコロナに感謝してるのよ、私」


 リョーコは笑う。それは心の底からの笑顔に見えた。


「人生なんて不思議なものよね。正直、ずっと気にはしてたのよ、あなたのこと、元気にしてるかなって。相変わらずでほんと笑わせてもらったわ」


「そりゃどうも」


 今回の業務での初対面を思い出して、ショウは照れ隠しなのか、すねて口をとがらせた。


「じゃあ、俺も護摩堂さんとの馴れ初めを聞きたいですね。仕事ができなくなって、それから何がどうなって半年で結婚までいったのか」


 ショウはあえてつっかかる言い方でリョーコに問いかけた。


「よくぞ聞いてくれました」


 リョーコの双眸がかつてない輝きに満ち溢れた。

 リョーコは眼鏡をかけて立ち上がり、ちょっとお茶が染みているマスクを投げ捨てた。


「今こそ語りましょう。聞かせてあげましょう。私と旦那様との馴れ初め話。ここに本邦初公開」


 超ノリノリのリョーコは席を立ち、オフィスの出入り口に立ちふさがった。

 ショウにはリョーコの行動が理解できず、ただ唖然とするばかり。


「旦那様とは色々ありました。みっともないところも見せましたし、ずいぶん勝手なことも言ってしまったこともありました。でも、それでも、旦那様は私を伴侶に選んであそばしくださいませられたのでございます」


 空の缶コーヒーをマイク代わりに、演歌調の語り。

 言葉遣いはよくわからないが、言いたいことはとてもよく伝わって来た。


「全然、私の好みと違う、理想は子犬のような男の子。なのにあの人はとても大きな熊男。あれが私の未来の旦那様? 超信じられない、嘘みたい。でも伝わる優しさ温かさ。こんなはずない、こんなわけない。でもでも自分に嘘はつけないの。気づいたときにはもう引き返せない。でも恥ずかして怖くて進めない。こんなの私じゃない。でもこれが私。戻れない、進めない。ただ見てるだけしか精一杯。ない、ない、ない。ないないづくしでもうどうしようもない。誰か教えて、どうしたいいの? お願い答えて、私はあなたの一体なんなの? 思わず伸ばしたその腕は、違うの違うの、そんなんじゃないの。これが運命だなんて私は信じられないの。だってこれは運命なんかじゃない。きっとこれは遺伝子が私に命じているの。確かにそれは全身を熱く駆け巡る。ああ、ダメ。こんなちっぽけな私なんかを強く優しく抱きしめないで。そんなことされたら、もう全身の細胞がフット―しちゃうの!」


 リョーコの言葉のマシンガンが、ショウの耳の右から左、左から右へと颯爽と駆け抜けていく。

 ショウの口の中に広がるのは、柔らかな干し柿の甘味。


「聞いてください。私と旦那様」


 今日は何時くらいに帰れるんだろうか。

 リョーコの語りの本編は心地よいメロディとして、二人きりのオフィスに頼もしく響き渡る。

 できれば定時に帰れたらいいな。と思いつつ、ショウは干し柿のその柔らかな甘味を堪能するのだった。

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参考資料

持続化給付金の申請と給付について

https://www.meti.go.jp/covid-19/jizokuka-info.html

家賃支援給付金の申請と給付について

https://www.meti.go.jp/covid-19/yachin-info.html

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