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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
66/75

≪GT編 05話 -怒りの日- (5/5)≫

「そういえば何で今日、いきなりぶってぶってって、お怒りになられたんですか」


 いい年して。とまではショウは言わなかった。


「……あなたは何も思わなかったの。あの報告書を見て」


「よくできてるなーとは思いました」


「私は許せなかったわ。私達の知らないところで話が進んでいたのよ」


 知らないところで話が進む。そのフレーズはショウの記憶にはまだ新しい。リョーコの言動にショウは合点がいった。ぶってぶって姫になるのが理解はできなかったが。


「ま、確かにそうですよね。マヌケ呼ばわりしてた知事が実は有能でしっかりやってました。まんまと自分達は見かけだおしの報道に踊らされていました、じゃあ、あんまりですよね」


「仕事にかこつけてイチャイチャしやがって。この小須戸(コスド)刈谷(カリヤ)のKKコンビはよ」


 ショウの真面目な答えに対するリョーコの言動は、いたって正気を疑うものだった。


「あの……センパイ?」


「なによ」


 リョーコは口をとがらせる。


「別に……イチャイチャはしていないと思いますよ?」


「してるわよ!」


 リョーコは立ち上がって、怒りをあらわにした。


「おかしいですよ、リョーコさん!」


 ショウも立ち上がって異議を唱えた。


「だって、おかしくない!? 小須戸クン一人であんないい仕事できるわけないじゃない! いや、私とでも無理よ。なのに、しっかりテーマを絞って、きっちりと仕上げてきた」


「いや、センパイならできそうですけど」


「……無理よ。私なら多分、議事録と会議資料を照らし合わせて、もっと色んな要素を出して総括できるものを仕上げる。ただし、ここまで明確なメッセージ性……訴えるようなものにはならない」


「あー……」


 そこはショウは同意せざるを得ない。医療対応に絞ったことでかえってコロナ禍という今回の事象が世間にもたらしたものが明確になったというのは、報告書を読んだものとしてはうなづけるところだった。


「わかるわよね。今日、あなたが出勤したときに、緊急事態宣言とは何か。というものを明確に言えたんだから」


「それは……そうですね」


 そして、リョーコの仕事ぶりも良く知っているがゆえに、おそらくリョーコの場合はリョーコ自身がいうような形になることは、ショウにも想像ができてしまった。その場合、おそらく自分は今朝のように一言でまとめることはできなかったであろうことも。


「彼らはそれを自分達で見つけて、自分達の力で報告書として形にした。後出しならなんとでも言えるわよ。でも、形にされてしまったらもうそれはかなわないのよ。何をやっても二番煎じ」


 リョーコは両手を合わせて、天井を見上げた。


「きっと彼らは私達では計り知れない苦労があった。そして、苦しい時も二人で手を取り合って支え合ったのよ」


 リョーコはその瞳の向こうに、小須戸とみさをの姿を見ているのだろう。


「ああ、ケンジさん。私、もうダメです」


「がんばれ、みさを。俺がついてる! 俺が君を守ってみせる」


 なんか小芝居が始まった。


「ケンジさん!」


「みさをーっ!」


 しかもリョーコの一人二役である。


「あの……おねえさん?」


「なによ、いいところなのに」


「いや、いいところじゃなしに。……もしかして、イチャイチャしてるのが気に食わないだけですか」


「当たり前じゃない! 私だって二人きりのオフィスで旦那様とイチャイチャしながらこんな有意義な仕事をしてみたかったわ」


「どさくさにまぎれて何、自分の願望をさらけ出してるんですか!」


 ショウの抗議を、リョーコは鼻息でフンと退けた。


「だいたいですね、それを言うなら俺達もお菓子をつまみながら世間話をしてるだけですよね? 向こうのことをああだこうだ言えませんよね?」


「何を言うの。世間話だって立派な記録よ。後世の学者から見たら、それこそ垂涎(すいぜん)もののよだれ(どり)よ」


 ダメだ。口喧嘩ではとてもかなわない。ショウは敗北を悟り、食べかけの和菓子を口に放り込む。

 口の中に広がるさっくりとした食感と、しっとりとした甘味。

 リョーコが席を立って、感染対策のアクリル板の向こうで何かをしているようだが、あえて何も見えないことにした。

 ショウは口の中の甘味をいったん洗い流すべく、ペットボトルのお茶に手を伸ばす。


「あー、もしもし、小須戸クン? ひさしぶり、元気してた?」


 間一髪、お茶を飲む前に手が止まった。きっとお茶を口に含んでいたら、吹き出すこと間違いなし。さすがに一日に二度も吹き出すことは勘弁願いたい。

 それはともかくリョーコが電話を架けている相手は、信じたくはないが名前を口にしたということはそういうことなのだろう。


「そうそう。やだ、もう私、今はもう護摩堂よ。GO(ジーオー)MA(エムエー)DO(デーオー)(ユー)。ご・ま・ど・う」


 めっちゃ上機嫌で小躍りしながら、リョーコは通話をしていた。いつの間にか眼鏡もかけていた。


「よくできてたじゃない、そっちの報告書。……そう、こっちでは給付金。戸石クンとやってるの、私の希望でね。それよりもいいの見つけたわね、どうやってあの議事録見つけたの。……えー、なによ、もったいぶっちゃって。教えてくれたっていいじゃない。相棒のみさをちゃんともうまいことやってるみたいだし。私の目はごまかせないわよ」


 話は弾んでいる。ショウはあきれつつも改めてお茶を口に入れた。


「でもまあ、うまくやれてるみたいじゃない。安心したわ。私がいた頃は女の子と二人で仕事なんて考えられなかったのにね。……うん、ありがと、それじゃね。あ、そうそう、女心は繊細でデリケートなの。大切に扱わなきゃダメよ?」


 リョーコはスマホの通話を終えた。


「まさか、電話するとは思いませんでしたよ。向こうも仕事中だったろうに」


「ま、ひさしぶりにね。仕事辞めてからそれっきりだったし」


 ……リョーコは眼鏡の上からでもはっきりわかる、何か憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情だった。

 ショウはなぜかその顔を見て、ある疑念が浮かぶ。

 どうして突然、仕事をやめたんですか。

 喉元まで出かかる言葉。だか今はそれを聞くことはショウにはできない。

 それを聞くことで、目の前のリョーコの笑顔が消えるような気がした。リョーコの笑顔にはまだどことなくガラスのような脆さが感じられた。その笑顔を壊したくはなかった。


「お怒りはおさまりましたか?」


「そうね、怒りの壁ドン、楽しかったわ。……何よ、ニヤニヤして」


「いや、センパイも人の子なんだなって」


 ショウは笑顔をつとめて、答えた。


「どういう意味よ、それ」


「そのまんまの意味ですよ」


 他愛もない言い争い。

 世間はこれから年末を迎え、そして、新年を迎える。

 未だコロナ禍は収まらず、これから年末年始で人の往来が活発になり、そして感染は再び拡大していくのだろう。

 だが、今の自分とリョーコはこうやって世間話をしながらお茶とお菓子をたしなんで、時間を過ごしていく。

 今はそれが自分に与えられた仕事なのだと、ショウは思うことにした。

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『』内引用

大阪府新型コロナウイルス対策本部専門家会議 第三回

https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/37375/00366623/020622%20gijiroku.pdf

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