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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
63/75

≪GT編 05話 -怒りの日- (2/5)≫

「でもあの報告書、よくできてると思いましたよ。府の専門家会議の議事録ですか。あんなのあったんですね」


 ショウは何とかやさぐれたリョーコの軌道修正を試みる。


「そーね、それもおかしな話だけどね」


 ダメだった。


「なんでですか。あの報告書自体は医療機関と緊急事態宣言の関係性をすごくわかりやすくまとめてたじゃないですか」


「……そうね。緊急事態宣言そのものは医療崩壊を防ぐために行うもの。今回の感染症、新型コロナ自体の症状とは究極的な部分では関係が無い」


「そうですそうです。裏を返せば、ただの風邪でみんなが医療機関にかかってしまうから、パンクして緊急事態宣言を行うという側面もある」


「これが映画とかみたいに大量出血して身体が溶けるとかなら、みんな怖がって外に出ないから、すぐに収まるんだろうけどねー」


 やや、リョーコの様子も落ち着いてきたようだった。


「うがい薬騒動の時は使えない知事だなぁと思ってたけど、今回に関してはいい仕事しましたね」


「それよ」


 リョーコは眼鏡をかけて、キラリと光らせた。


「どういうことよ、おかしいじゃない! なんであの知事があんないい仕事してるわけ」


 リョーコのえらい剣幕にショウはドン引きした。


「いったいどうしたっていうんですか。今日はいつにも増しておかしいじゃないですか」


 先日のリョーコの衝撃の告白以降、リョーコは妙に感情の揺れ幅が大きくなっていた。多分に演技もあるのであろうが、以前のクールでスタイリッシュなリョーコを知る人間から見たら、もはや別人の領域である。


「仕事にかこつけてイチャついているのを見せつけられたら、そりゃ憤慨するわよ」


 その発言はショウには意味不明だった。


「なんでイチャついてるんですか。よくできた報告書じゃないですか」


「だからよ。読んでわからなかった?」


「何がですか」


「二人の親密具合」


 ショウにはリョーコが何を言っているのかわからなかった。頭痛が痛くなった。


「……なんですか。センパイは小須戸とみさをちゃんがそういう関係になっていると。そう言いたいわけですか」


「じい。わらわは姫なるぞ。センパイではなく姫と呼ばぬか」


「その小芝居、まだ続くんですか」


 リョーコはツンと顔をそむけた。ショウは仕方なしに、じいとなる。


「リョーコ様」


「姫と呼べ、姫と」


「……じいにはリョーコ姫のおっしゃられることがわかりませぬ。なぜにかようなことを申されるのですか」


 ショウは棒読み気味に応じた。


「わざわざ名前をつけずとも姫様だけでもよいのに、おかしなやつじゃな。まあよい、じいよ。わらわはな、この小須戸(コスド)健児(ケンジ)なる男と仕事を共にしていたことがあるのじゃ」


 それはショウも知っている事である。ショウから見てパッとしない小須戸はよくリョーコに呼び出されてあれこれ指導を受けていた。


「わらわはな、この小須戸を非常に頼りにしておってな。わらわの仕事の成果はこの男のおかげといっても過言ではない」


 それはショウの知らない事である。


「ゆえにわかるのじゃ。この報告書を見るとな。お互いにしっかりと息の合った良い仕事であることが」


「ちょっと待ってくださいよ。センパイ、小須戸を頼りにしてたんですか?」


「もちろんよ。最初はともかく、それ以降は私がプロジェクトの編成に頼んで入れてもらってたんだもの」


 突如立ち上がったショウのあわてぶりに、リョーコも思わず正気に戻る。


「いやいやいや。だって、あいつ、パッとしないやつじゃないですか」


「あー……、そうね」


「ですよね。ですよね? ですよね!」


 同意。問いかけ。そして主張。


「そっかー。外から見たら、そういう風に見えてたんだ」


 しかしショウの主張はリョーコに軽々しく否定される。それは真っ向から否定されるよりもショックだった。


「ど、どういうことですか」


「彼は私の仕事の相棒だったってことよ」


 それはショウにはとどめの一撃。ショウは崩れ落ち、椅子に寄りかかり、しかし、椅子からも避けられて、床に倒れこんだ。


「だ、大丈夫?」


 さすがのリョーコも、床に倒れたショウにかけよる。


「センパイに俺以外に弟がいたなんて」


 ショウはめそめそと泣いていた。見かけ上は涙の出ないウソ泣きではあったが。心の中では目と鼻と口から滝のような涙を流していた。


「何わけわかんないこと言ってるの」


 リョーコはショウの手を取って、椅子に座らせた。


「アイツのどこがそんなによかったんですか」


 完全に聞き方が勘違いされそうなソレだった。


「……彼にだって良いところがあるのよ。どうして、じいにはわからないのじゃ?」


「じいにはわかりませぬ。彼奴(きゃつ)は女子の中ではヒキガエルと呼ばれて(さげす)まれる存在ではありませぬか。なぜにかような男をそのような評価をいたすのです」


 なんだかんだとショウはリョーコの小芝居に合わせてくる。


「じい。そなたはゲスな女どもの噂話を信じるのか。実際に仕事を共にしたわらわの言葉をないがしろにするというのか?」」


 口調は小芝居だが、そこには有無を言わせぬ迫力があった。


「け、決してそのようなことはございませぬ。リョーコ姫のお言葉、じいが信じぬわけがないことはリョーコ姫が一番おわかりになられていることでございましょう」


 ショウはリョーコにへへーっと頭を下げて平服した。


「ショウくん」


「……はい?」


 ショウはリョーコに(おもて)を上げた。

 リョーコはショウの額をパシと人差し指ではじく。


「センパイ……」


「おねえちゃんは悲しいぞ。愛する弟クンからそんな言葉を聞くなんて」


 リョーコの言葉はショウにも悲しかった。


「ま、確かに私も最初はそうだったけどね。最初は正直、文句を言ったこともある」


「で、ですよね」


 リョーコは自分の席に戻りながら眼鏡を外し、ちらりとショウを見た。そして、椅子に腰を下ろした。


「むかしむかし、あるところに」


 恒例の昔話が始まった。今回はショウは何も言わず、ただ黙って耳を傾けた。


「とても成績の良いかわいい男の子と運動が得意だけど成績がいまいちの男達がいました」


 ……微妙に表現が気になるが、あえて突っ込むことはしない。

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