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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
62/75

≪GT編 05話 -怒りの日- (1/5)≫

 マスク姿のショウは電車から駅のホームに降り立つ。

 世間は冬も近づきつつあり、そして、コロナも一旦落ち着きを見せてはいるものの、年末年始に向けてどうなるのか。といったところ。

 一年前のコロナ以前と比べるとまだまだといったところだが、人通りは戻りつつあった。


「正直、また緊急事態宣言になってくれると通勤は快適なんだけどな」


 ホームから改札へと向かう階段で通行の目詰まり渋滞が起きているのを見て、ショウはごちた。



 ショウはオフィスへと向かう。

 思えばこの春からリョーコと仕事をするようになって、通勤時にストレスを感じたことはなかった。

 行きも帰りも人もまばらの快適そのもの。

 以前は電車にギュウギュウ詰めになって、必死に押し出されまいとするのが日常だった。座席も空いてたらすぐさま座るようにしていたが、今は空いていても隣に人が座っていたら、立っている。という選択肢が取れるほどの余裕があった。

 そして、快適そのものの通勤を終えたあとには、楽しい楽しいリョーコとの二人きりの時間。

 こんな仕事ならば一年間といわず、ずっと続けていければとさえ思えてしまう。

 スマホを取り出し、時間を見る。まだゆっくり徒歩でも充分間に合う時間。

 突然、画面が切り替わり着信が入る。ショウは応答し、スマホを耳に当てる。


「なんだよ、突然」


 その着信は学生時代の旧友である。就職してからしばらくはそれなりに付き合いもあったが、徐々に疎遠になっていった。だが、このコロナ禍をきっかけに連絡を取り合うようになっていた。

 向こうは独り暮らしでテレワーク。寂しいのか、この時間によく電話を架けてくる。ショウは軽口を叩きながら、歩いてオフィスへと向かう。

 正直なところ、ショウも世間の外出自粛やマスクへの圧力に辟易しているというのが本音である。コロナ前は毎朝毎朝、早起きして出勤するというのがうんざりだったが、今となっては、外に出歩ける口実もできて、仕事相手にも恵まれている自分はまだ恵まれているのだろうか。とも思えたのだった。



 ショウがマスクを外してオフィスに訪れると、中はまだ真っ暗だった。

 ただパソコンのモニターの明かりが、同じようにマスクをしていないリョーコの顔を照らしているのが見えた。

 異様な雰囲気に何事かと思いつつも、ショウは真っ暗なオフィスに照明をつける。

 するとゆらりとリョーコは立ち上がり、ふらふらとリョーコはショウの眼前に踊り出た。


「ぶって。……私を」


「はいなっ?」


 ショウは困惑した。


「お願い、ぶって! この愚かな私を!」


 オイヨイヨ。と両手を顔にあてて、そして、近くの椅子を持ってきて、腰を下ろした。それから、再びオイヨイヨ。と泣いた。……リョーコの一連の動作はどう見ても演技だった。


「センパイ?」


「ぶつのじゃ、じい! わらわをぶて! わらわをぶたぬか! それともぶたぬのか! いいや、ぶたねばならぬのじゃ!」


 急にお姫様になった。声色もさきほどよりも幾分高い、子供の声色。

 服装もそういえば十二単衣(じゅうにひとえ)のようにヒラヒラしてるような。あくまで普段のリョーコの服装と比較して、だが。季節が冬ということもあるのかもしれない。

 ショウはコホンと咳払い。


「……えー、リョーコ様。このじい、何の理由もなくかわいいあなた様をぶつわけにはいかないませぬ。ワケをお申し出くだされ」


 ショウは、イヤイヤ姫をおさめるじいやになった。

 声色も普段より低く、ショウなりにしゃがれた声にしてみた。


「ワケをもうせともうすのか、じいの分際で。おぬし、わらわの事ならばなんでもわかると言ったではないか」


 言ってない。


「人をぶつのに理由が必要と申すか! ワケなく人をぶつことなどできぬと申すのか!」


「なーにがあったんですか、センパイ」


 小芝居に飽きたショウは正気にもどった。


「貴様も見たのであろう、アレを!」


「アレ?」


 しかし、リョーコのお姫様演技はまだ終わらない。


「アレじゃ、もう一方のチームの出した報告書じゃ!」


 リョーコは自分の机のタブレットに指をさした。


「あー、アレですか、よくできてましたね。さすがはみさをちゃん」


 納得いったショウはコートを掛けて、自分の席に座る。


「知っているの?」


 そしてリョーコも自席に戻る。ついでに正気に戻った。


「はい。センパイがいなくなって、その入れ替わりのタイミングですかね、新入社員」


 ショウは自分のスマホを操作して、机を通してリョーコに手渡す。

 リョーコが受け取ったスマホの画面を見ると、そこには居酒屋と思しき場所で数人の男女の撮影画像があった。


「その一番端で笑っている子がみさをちゃんですよ。かわいいでしょ」


 リョーコは画像の端に目線を移す。ショウはやれやれ、とペットボトルのお茶を口に含む。


「……何、このロリ巨乳」


 リョーコの発言にショウはお茶を噴き出した。


「どういうことよ」


「それはこっちのセリフですよ!」


 ショウは口元を拭いながら抗議した。


「いうに事欠いて、ロリ巨乳ってどういうことですか」


「見たまんまを言ったまでよ。かわいい顔して大きなおっぱい」


 リョーコはスマホを机を通して、ショウに返却した。明らかに不機嫌になっていた。


「別に胸の大きさで女性の価値が決まるわけないじゃないですか」


「決まるわ。それはそれはキョウイ的な格差が生まれるのよ」


 それは胸囲なのか脅威なのか。


「スリムでうらやましいわー。とか、最近、肩こっちゃってー。とか」


 ショウは黙って自分が噴き出した机の周りを掃除する。


「初対面でもそうよ。女の価値はそこで決められてしまうのよ」


「それは……」


 ショウは言葉に詰まってしまう。正直なところを言うと身に覚えがある話だった。


「胸がでかい人間は態度もでかい」


「それは言い過ぎなんじゃ。少なくともみさをちゃんはそんな子じゃありませんよ」


 リョーコは鼻で笑う。


「女はみんな仮面をかぶる生き物。男にわかんないわよ、女同士の争いなんて。もてるものにもたざるもののみじめな気持ちがわかるというの」


 リョーコはすっかりやさぐれてしまった。

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