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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
61/75

≪GT編 04話 -夜の街クライシス-(5/5) ≫

 ショウはリョーコの突然の昔話の語りに驚き、口を開けた。いったい何を言い出すのか。リョーコの正気を疑った。

 リョーコは机に座ったまま頬杖を突き、話を続ける。


「……容姿端麗、成績優秀の、誰もがうらやむ女性がおりました。周囲の人達はみな、その女性に羨望の眼差しを向けてやみません。兄弟も、家族も」


 こんなときにする話ではない。だがショウはリョーコにそれを(とが)めることはできない。

 リョーコは真剣で、暗く、そして、悲しい眼をしていた。


沈魚落雁(ちんぎょらくがん)。魚も鳥も、見てる方が恥ずかしくなって、避けて通るほどの女性でした」


 リョーコは笑ってショウを見た。しかし、ショウの目にはリョーコは笑ってはいなかった。

 ショウの肩から力が抜けて、握った拳からも少しばかり力が抜ける。


「……何の話ですか」


「昔の話よ」


 リョーコの冷たく優しい返答。答えになっていなかった。しかし、ショウにはそれが答えだと理解できた。

 ショウは続くリョーコの言葉を待った。しかし、一向にリョーコから続く言葉は出てこない。

 リョーコは頬杖を突いて、ずっと温もりの感じられない表情でモニターを見つめているだけだった。

 リョーコが何を言いたいのかはわからない。しかし、何が言いたいのかはショウにはわかった。

 ショウは掴んだままのジャケットを肩にかけ、転んでいた扇風機を起こす。

 ジャケットを椅子の背もたれにかけて、米菓子を口に入れて、机に座る。

 あまりの硬さに奥歯でなければとても嚙み砕くことはできない。だからといって力任せでは歯が欠けそうなほどの硬さ。はっきり言ってお菓子として定義していい硬さではない。しかし、その硬さが今のショウにはありがたかった。

 ……ガリガリ、ボリボリと、ショウが米菓子を咀嚼する音がオフィスに響き、しょっぱくも甘くも味付けされていない、素材の米と油だけの素朴な味がショウの口の中に広がっていく。

 やがてリョーコも米菓子を口にし始めたのか、ポリポリと咀嚼音が聞こえ始めた。


「センパイ」


「何」


 お互いにガリガリ、ポリポリしながら。


「なんでいきなり髪、ボウズにしちゃったんですか」


 ショウは何を言いたいのかわからない。リョーコに対しては色々と聞きたいこともある。しかし、それをどう聞いていいのかがわからない。


「ボウズじゃないでしょ。洋画の女優さんとかやってるでしょ。ベリーショート」


「護摩堂さん、よく許してくれましたね。何も言われなかったんですか、いきなりボウズにして」


 ここで言う護摩堂とはリョーコの夫の事である。ショウとは仕事上での面識しかない。


「何言ってんの。旦那とはまだつきあってもいなかったのよ、言われるわけないじゃない」


 リョーコはポリポリと咀嚼しながら、あっけらかんと返答した。そして、そんな気が利く人なら苦労しない。などとブツブツ小言を口にしたところで、ハッと気づいて、あわてて口に手を当てた。


「……は?」


 ショウはリョーコの顔を見た。リョーコはショウから視線を逸らしまくっていた。

 ショウは席を立ち、リョーコの正面に回り込む。

 しかし、リョーコは椅子を回転させて、ショウから視線と身体を逸らす。


「ちょっと!」


 ショウはリョーコの肩を掴んで、椅子ごとリョーコの身体を自分の正面に向かわせる。

 それでもリョーコはショウから視線を逸らす。顔は耳まで真っ赤だった。


「えーと……、パワハラ?」


 観念したリョーコは首をかしげて恥ずかしそうに、ごまかし笑いを浮かべて言った。


「パワハラ?じゃねーよ、どういうことですか、今の! プロジェクト中からずっと付き合ってたんじゃないんですか」


「そそ、そうよ、私とだーりん、もう超ラブラブちゅっちゅ。だから速攻で結婚したの。知っての通りよ」


「誰がそんなん信じるんですか! 今の絶対マジ返答でしたよね。どういうことですか」


 詰め寄るショウに、リョーコは再び顔をそむけてダンマリする。恥ずかしさのせいなのか、身体が震えていた。……それが答えのようだった。


「……信じてくれるの?」


「信じないわけないでしょ。俺とセンパイは兄弟盃を交わした姉と弟ですよね。見損なわないでくださいよ、あねさん」


 観念したリョーコの問いかけに、ショウはクイッと盃を飲む仕草を見せた。

 それからリョーコは少しづつ口を開いて、話を始めた。


 プロジェクト中の夫の護摩堂とは自分の一方的な片想いだったこと。

 原因不明の胸の動悸や発熱―――赤面をそう勘違いしていた。があったので、医師に相談したところ、散々話をさせられたあげく、女性の看護師と二人きりにさせられ、病名は恋だと告げられ、恥ずかしさのあまり、モーレツに死にたくなったこと。

 髪を切ったことについては以前話したとおりであり、クライアントの無理難題にブチ切れて、勢い余ってベリーショートにしたとき、のちに夫となる護摩堂は目が点になって困っていたこと。

 そして、ちょっとその姿がかわいかったこと。


 リョーコの話はいったんそこで終わった。

 ショウも目が点になっていた。

 話をしていたリョーコは話し方がたどたどしいうえ、時間軸も順を追うのではなく、あちこち飛んでのあべこべで、行って戻っての繰り返しで、とても聞けたもの、理解できるものではない。

 今、自分の脳内である程度話の要点をまとめて、どうにか形になっているだけである。

 だが、リョーコが嘘をついてはいないことだけは、ショウには理解ができた。


「はい、あーん」


 リョーコはショウに自分が食べていた米菓子をつまんで差し出す。


「なんですか」


「難しい顔しすぎよ、おねえちゃんの食べて機嫌なおしなさい」


 笑顔で言うリョーコが差し出した菓子を、ショウは口で咥えて、奥歯で噛み砕く。

 正直、今回のリョーコの話で今までの疑問が全てはっきりしたわけではない。だが、それは今、問うべきこと、追及すべきことではないのだろう。

 リョーコの差し出した米菓子はさっき自分が食べていた米菓子よりは噛み砕きやすく、砂糖で味付けされていて食べやすかった。

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『』内引用

新型コロナウイルス感染症対策分科会

大都市の歓楽街における感染拡大防止対策ワーキンググループ(第1回)

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/kanrakugai_wg_1_gaiyou.pdf

大都市の歓楽街における感染拡大防止対策ワーキンググループ(第2回)

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/kanrakugai_wg_2_gaiyou.pdf

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