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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
60/75

≪GT編 04話 -夜の街クライシス-(4/5) ≫

「ショウくん」


 呼びかけに顔を上げると眼鏡をかけたリョーコがいた。


「今、あなたのとこに入れたファイル、開いてもらっていい?」


 ショウは席に座り、なんとなく米菓子を口に入れて奥歯で噛み砕きながら、自分のフォルダに入れられていたファイルを開いた。

 ファイルを開くと「大都市の歓楽街における感染拡大防止対策ワーキンググループ」とタイトルが振ってあった。

 内容を見ていくとどうやらファイルの中身は議事録のようだった。


「『実態として、我々が本当に力を入れて行動変容を促さなければいけないのは、お客さん側だと考えたほうがいいのか。』」


 リョーコはノートパソコンのモニターを見ながら、ファイルの議事録を読み上げているようだった。

 ショウはあわてて該当の場所を探し出す。


「『かなり複雑で、特に今回の場合には、区を中心に始まったと考えれるのだが、従業員の人たちが集団生活をしているなど、そこに来るお客さんが、また別の店舗で接待を伴う飲食店で働いている人がかなりいたといったことで、なかなかクラスターが止まらない状況があったのかと思う。』」


 続くリョーコの読み上げが終わるのを待って、ショウはリョーコに問いかける。


「これは……」


「あなたの言う、夜の街の人達のお話。二つ目のファイルを開いてみて」


 ショウのフォルダにはいつの間にか、入れられていたファイルが四つに増えていた。

 ショウはリョーコの言葉に従い、二つ目のファイルを開く。ファイルの冒頭に『事業者ヒアリング』と記載がされていた。


「『早いもので7か月ぐらいがたつわけだが、緊急事態宣言中を含めて、その間もずっと私どものお店は閉じずに、時間を守って営業してきた。当初は、本当に人っ子一人いないという街になり、寂しい限りであった。お客様の数にすると、去年に比べて1割、2割という状況であったが、その後、4月、5月ぐらいに3割ぐらいまでの状態に戻り、8月ぐらいでいわゆる夜の街関連の陽性者が減ったこともあり、9月ぐらいからお客様が少しずつ戻り始めたのではないかという感じで、昨年対比でいうと、ほぼ30~40%のダウンというところになった。』」


 リョーコの読み上げ。

 その間にショウは参考人として呼ばれていた出席者の自己紹介に目を通す。

 ラーメン店とバーの経営者。歓楽街の振興組合副理事長。グループとして40店舗ほどのお店を経営しているCCO。いずれも夜の街で事業をしている関係者だった。


「『まず、陽性患者の部分であるが、時期によって状況が違う。4月ぐらいに感染者が出てきたという状況のときには、保健所のほうにすぐに問合せを入れて、検査をしてほしいということを願い出たが、あの当時はとても検査ができるような状態ではなかったので、そこで検査ができなかったという状況であった。』」


 そのリョーコの読み上げは明確にショウに対して語り掛けているものだった。

 ショウは顔を上げてリョーコの顔を見る。

 続きを読め。リョーコの眼鏡の奥の瞳は、ショウにそう語り掛けていた。


「『6月過ぎだったと思うが、区長から、このままだと歓楽街が本当に悪者になってしまうので、自分たちで感染症対策を行って、PCR検査をしっかり行うことで、皆様に安心してもらって、なおかつクラスターとなるものを突き止めることで、歓楽街からそういったものをなくさないかという提案を最初にいただいた。』」


 ショウは一旦、お茶を口にして喉をうるおし、続きを読み上げる。


「『解雇される心配などは全くないし、そういう心配は従業員もしなかったと思う。ただ、そこで陽性者が出たと発表してしまうことによって、「また夜の街がクラスターになった」や、「陽性患者が出た」など、たたかれてしまうので、正直私たちは公表しないほうがいいのではないか、検査には行かないほうがいいのではないのか、とそのときはお伝えしたところ、すぐその後に区長が、大臣にお願いをしに行ってくださって、大臣が都知事に、アラートを解除するようお願いをしてくださった。』」


 ショウは内容を確認しながら、ゆっくりと読み上げていく。


「『そこでアラートが解除になったので、そこまで国の方々が本気で動いてくださるのであれば、僕らも積極的に検査をしますということで、初め50名ぐらいいるお店で、2~3人具合が悪そうなスタッフがいたので、まず受けてみようかということで受けさせたところ、3人とも陽性で、そこで保健所の方に色々御相談したときに、だったら全員受けてみようかということで、50名全員受けさせてもらった。』」


 ショウは唾を飲み込む。リョーコは議事録を読み上げるショウをただ、見ている。ショウは自分の声が震え始めていることを、嫌でも自覚せざるを得なかった。


「『そうしたところ、そのときで26~27名感染者が出て、一時アラートが終わった後、感染者が何百人と、50人、50人、100人、100人と出たが、あのタイミングが私たちが受けたタイミングである。』」


 ショウは一旦、読み上げを止める。読み上げが続けられなかった。ショウには記載している議事録の内容がにわかには信じられなかった。


「『そこで二十何名のうち、4分の3ぐらいは無症状で全然自覚もない。風邪を引いた自覚すらないような状況の子がほとんどで、これは大変興味深いということもおっしゃっていただいて、次の店舗、次の店舗ということで、うちだけでも十何店舗、そういうことで実施をさせていただいた。』」


 読み上げが止まったショウを見かねて、リョーコが続きを読み上げた。ショウはただ茫然と読み上げるリョーコの声に、聞くことしかできない。


「『そこで、世間のニュースに取り沙汰されてしまったような状況になってしまった。なので、陽性患者が解雇されるというのは、全く心配はない。』」


 リョーコはショウの様子に気づいているのかいないのか、眼鏡の位置を直して読み上げを続ける。


「『アフターのリスクというのはとても難しい問題だと認識している。歓楽街には250店舗ぐらいホストクラブがあり、今回の騒ぎになり、社長たちとすぐに連絡を取って、みんなで対策を練ることができるように180店舗ぐらい参加しているグループSNSをつくった。』」


 ショウにはリョーコの読み上げる議事録の内容は頭に入ってこない。ただ、……ただ、リョーコの読み上げる声だけがショウの耳に届いていた。


「『ただ、ここ最近、感染者もぐっと減ったので、大分そういった対策が緩くなってきているのではないかと感じている。』」


 そして、締めと思われる内容を読み上げたあと、リョーコは眼鏡の位置を直し、ショウの顔を見た。


「……なんですか、これ」


 ショウの震えは未だ止まっていない。


「書いてあるでしょ。夜の街の人達と行政との対話の記録」


「そうじゃなくて!」


 ショウは立ち上がる。


「なんなんですか、これ……」


 ショウは立ったまま、机のモニターを見下ろす。


「信じられない? ここに書いてある内容」


「信じられませんよ。おかしいじゃないですか、これ。世間で言われてることと全然話が違ってる!」


 ダンっとショウは机を手で叩いた。痛みは感じなかった。


「世間ではなんて言われてたっけ?」


「飲んで騒いで熱が出たから保健所に駆け込んだって! ……行政が協力を仰いで、それで夜の街の人達にわざわざ検査受けてもらったって。全くの逆じゃないですか、これじゃ」


 リョーコはカタカタとパソコンを操作する。パリポリとお菓子も口にする。


「報道の記事にはちゃんと書いてあるわよ、歓楽街の人間に行政が協力を依頼した。って」


「伝わってないじゃないですか! ちゃんと事実を書いたって、それがわからなきゃ、伝わらなきゃ意味が無い!」


 ショウの力のこもった訴えに、リョーコは大きく口で空気を吸い、そして胸にたまった空気を鼻からゆっくりと出していく。


「なんでそこまで怒るの?」


「なんでって……そりゃ怒るでしょ。だまされてたんだから」


「別にいいじゃない、だまされたって。たとえ事実がこの議事録であったとしても、世間に対して夜の街の人間は、だらしなくて節操のない……迷惑な人間達であった方が都合がいいんだから」


 リョーコの言い分にショウは言葉を失った。

 何を言っているのかわからない。理解したくもない。だが、リョーコの言い分が的を得ていることも認めざるを得ない。

 ショウは席を立ち、扇風機に当ててあるジャケットをとって、オフィスの出入り口に向かう。

 ジャケットをとった腕が扇風機に当たって、扇風機が床に転倒した。


「どこにいくの」


 リョーコのショウを制する呼びかけ。

 ショウは立ち止まり、立ち尽くす。

 床に転倒した扇風機は回り続けていた。


「……こんなの、おかしいじゃんかよ!」


 ショウは壁をドンと叩いた。


「〝壁ドン〟は間に女の子を入れてからにしなさいな。そんなに強く叩いちゃ壁の向こうの人にも迷惑でしょ」


「茶化さないでくださいよ!」


 ショウは振り返り、全身を使ってリョーコに訴える。


「センパイは何も感じないんですか! 俺達は騙されてたんですよ! なんでみんな、この事実を知ろうとしないんですか!」


「夜の街の人間は実は清廉潔白で善良で正直な人達の集まりでした?」


「……そこまでは言わないですけど。今回に関しては行政に協力してたわけでしょう。アラートの点灯だって、これを見る限りやむなくでしょう。これで悪者扱いにするのは無理がありますよ。なんで本当の事を言わないんですか」


「あるじゃない、私達が見てるファイルが。記録としてしっかり残ってる」


「そういうことを言ってるんじゃないですよ!」


 ショウは手にしたジャケットでリョーコの言葉を振り払う。扇風機はいまだ転んだまま頭を回転させて、風を送り続けている。

 ショウの顔は抑えきれない感情で歪み、拳は硬く握り込められていた。

 リョーコは静かに眼鏡を外し、ショウの顔から視線を外したまま、話を始めた。


「むかしむかし、あるところに」

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