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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
59/75

≪GT編 04話 -夜の街クライシス-(3/5) ≫

 時間は午後となり、ショウとリョーコはそれぞれのモニターの前。

 二人の机の上にはそれぞれ違う種類の米菓子があった。ショウには丸い形状、リョーコには輪っかの形をした黒い形状。


「センパイ」


「何?」


 ショウは丸い形状の米菓子を奥歯でバリボリと噛み砕く。そのお菓子は石のように硬く、前歯で噛める硬さではなかった。


「とりあえず、会社に提出する報告書は事業者と賃貸借の給付金二つについて。でいいんですか」


「そうね。幸い賃貸借の方でかなり分量稼げそうだから、いけるでしょ。事業者は中間報告も出てるし」


 リョーコは輪っかの形をした黒い米菓子を同じように奥歯でバリボリと嚙み砕く。そのお菓子も同じく前歯で噛める硬さではないようだった。


「旅行関連のキャンペーンとかはいいんですか」


 ショウはお茶を口に軽く含んだ。


「やだぁ、めんどくさい」


 予想外のリョーコのぶりっこ仕草にショウは思わずお茶を吹き出した。


「また? 吹き出すの好きね、キミも」


 リョーコは黒い米菓子をつまんで噛み砕く。


「めんどくさいって、仕事じゃないですか」


 ティッシュであちこちを拭く仕草もショウはもはや慣れたものだった。


「国民全員に配った十万円の給付金もあるじゃない。まあ旅行も十万円も担当の行政が違うんだけどさ」


「十万円こそハガキで送って終わりじゃないですか」


 リョーコはお菓子をつまみ食いしながら眼鏡をはずした。つまり、やる気が無いという事だ。


「真面目な話をすると旅行キャンペーン、しっかり執行できるの? 夏に第二波が来たんだから、これから冬に向けて第三波が来て、キャンペーン打ち切りになるんじゃないの」


「それは……」


 リョーコの指摘はもっともだった。ショウは丸い米菓子を口に入れて噛み砕きながら、椅子の背もたれに身体をあずけた。

 口からはバリボリ、背中からはギシ、と椅子がきしむ音がする。


「総理はこんな時にやめちゃうしなぁ」


「あら、もっと続けてほしかったの?」


「何も今やめなくても良かったでしょ。わざわざ戦後最長記録を一日だけ達成してやめるとか、そこまでして歴史に名を残したいんですかね」


 ショウはそれが愚痴、八つ当たりでしかないことはわかっていた。しかし、口にしなければ息苦しくてやっていけない。


「時代は変わるものね」


「はい?」


 リョーコの言葉はショウには意外に感じられた。


「現実的な話をすると、バトンタッチするなら今のこのタイミングしかない。ちょうどコロナも落ち着いてきたし、今なら冬に向けて準備を整える時間、態勢も整えられる。これが11月12月だったらどう? こんな時にやめんなよってなるでしょ」


「それは……」


「最長記録更新だってそう。総理なんか就くのも辞めるのも自分の意思で決められるわけないじゃない。周りから言われて仕方なくなんじゃないの? ちょうどこの日なら最長記録も更新するし、いろんなところに面目も立ちますから、ここまでは頑張ってくださいって」


「そんな、田舎の町内会長じゃないんだから」


 リョーコの例え方にショウは笑ってしまう。とても一国の権力者でする例え方に聞こえない。


「でも社会って意外にそういう人間関係の積み重ねが決まる事って多いじゃない? 前回なんか一年で総理を引きずり降ろされたんだからね」


「でもまた返り咲いたじゃないですか。人間の権力への執念ってすごいですよね」


 リョーコはショウの返事に苦笑した。ショウはリョーコのその反応に内心驚いた。


「あのね、政治家だって、私達と同じ人間でしょ。そこまで権力にしがみつこうとしてる人間を、周りが二度もトップに据えようと思う?」


「そんなのわからないじゃないですか。政治家連中の考えてることなんて」


「でもその政治家連中を選んでいるのは私達でしょ。選挙を通してね」


 ショウはリョーコの語り口がいまいち面白くない。なんでそこまで政治家の肩を持とうと思うのか。


「引きずり降ろされて政権も奪われて、その上でまた政権を取り戻したときに再び総理として選ばれた。株価も上がって総理の名前にちなんだ流行語も生まれた。そして、選挙に勝ち続けて戦後最長の任期も達成した。一度引きずり降ろされた人がよ?」


「なんでじゃあ、そんな人が最初はたった一年で引きずり降ろされたんですか」


「……まだみんな、あの頃は夢の中で生きてたからじゃない? 戦後から続く自分達のあやまちを認められない人達がまだたくさんいたのよ」


「あやまち、ですか」


 あいまいな響きの言葉だとショウは思った。


「じゃあ、その具体的なあやまちを言ってみてくださいよ。俺にはその場その場で行き当たりばったりな生き方をしてるようにしか見えないですけどね、みんな。この給付金だってそう、今やってる旅行キャンペーンだってそうじゃないですか」


 ショウ自身、言葉を口にしながらどうしてこんな突っかかる言い方をリョーコにしてるのかがわからない。今のこのコロナ禍が生み出している空気のせいなのだろうか。普段の自分なら絶対、こんな言い方はしなかった。ましてやリョーコ相手に、である。


「そうねー。しいて言うなら、〝あやまちを認められないあやまち〟かしらね」


「なんですかそれは」


 リョーコは突っかかるショウを全く気にせず、お姉さんぶった物言いで答えた。


「だって、今まで努力してきた人が、あなたの努力は全て無駄。みんなを不幸にしてきただけです。って言われて認められる?」


 リョーコは米菓子をパリポリと噛み砕く。


「そんなの……、でもそれをすることで、みんなを不幸にするってわかってるんなら変わるべきじゃないですか」


「それは、あなただからそう言えるのよ」


 リョーコはフッと笑いながら、吐き捨てるように言った。


「どういう意味ですか」


 ショウにはリョーコの言葉の意味がわからなかった。自分がバカにされている、単細胞なのだと言われている気さえした。たとえリョーコがそんなことを言う人間ではないとわかってはいても。パリポリ、パリポリとお菓子を噛み砕く音も気に食わない。自分がネットで見つけて取り寄せたものなのに、である。


「じゃあ、なんですか。センパイは自分のあやまちを認められない人なんですか。そんな事ないですよね。夜の街で遊び歩いて感染を広げ回ってる、そんな連中とセンパイは同類なんですか!」


 ショウは思わず立ち上がり、強い口調で問い詰めた。


「夜の街……か」


「そうですよ! 多数のクラスターを出してコロナを広げて回ってたのは夜の街の連中だっていうじゃないですか。連中のせいでせっかく一度は消えたアラートがすぐにまた点灯した」


 ショウは感情の高ぶりを押さえられない。なんとか怒鳴らないようにするのが精一杯だった。


「俺はセンパイがそんな身勝手な連中と一緒だとは思いたくないですよ」


 リョーコはしばし、黙っていた。ショウの顔を見ようともせず、ただ宙の一点を見つめて。何かを……口にする言葉を選んでいるのか、それともただ今の自分の感情が静まるのを待っているのか。

 ショウは拳を握り、うつむく。握った拳には力がこもった。

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