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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
51/75

≪GT編 02話 -給付金来る-(1/3) ≫

 ショウは無人のオフィス街を駆ける。

 その手にはお菓子の入った紙袋。口元にはマスクはなく、手首に巻き付けてあった。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が全国に拡大し、遂に街は無人と化した。

 この世の全ては俺のもの。

 ショウは無人の交差点の真ん中でハッピーなターンを決める。

 傍から見ればどう考えても頭のおかしい人であり、ほんの二か月ほど前であれば職質待ったなしなのだが、今となってはショウの行動を止めるものはいない。

 頭上の信号が赤になってもショウは止まらない。

 ハッ! と掛け声を上げ、ターンをハッピーに決めながら、ショウは華麗なステップでオフィスに向かうのだった。



 眼鏡のリョーコはモニターを真剣に見つめている。

 モニターの光がまだ薄暗いオフィスのリョーコの眼鏡に照らされて映っていた。


「センパイっ、おはよーございます!」


 オフィスの照明が点灯し、クルクルとハッピーにショウが現れた。


「おはよー、ショウくん。今日も相変わらず楽しそうね」


「とんでもないっ。世間が沈んでいるこんなときぐらい、俺が楽しく生きなきゃ、どうするんですかってもんですよっ」


 タッ、タッ、タターンとステップ&ターンをショウは披露した。


「って、その眼鏡姿も久しぶりに目にしますね」


 リョーコは立ち上がって、スッと眼鏡を外す。

 鋭い切れ長の眼差しとは裏腹に服装はトップス、パンツともにゆったりとしたものだった。


「あなたも早く座りなさい。さっそく来てるわよ。例の給付金の資料」


「あ、事業者向けの百万のやつですか。見ます見ます」


 ショウはリョーコの斜向かいの席に座り、リョーコも自席に腰を下ろす。

 そして、リョーコは机の上のマスクを装着した。


「……ってアンタ、マスクは?」


「ああ、ここ、ここ」


 ショウは手首をかざし、フリフリして巻き付けてあるマスクを示す。


「マスクしなさいよ、アンタ」


「へーきですよ、へーき。コロナって人を介してしか感染しないんでしょう? ここまで街には誰もいなかったし、大丈夫ですって」


「ほんとにもう」


 リョーコはショウの態度にあきれて笑った。


「まあまあまあ、そう言わないでくださいよ。実はね、今日、あねさんにいいものをお持ちしやしたんですよ」


 ショウは紙袋を手に、いそいそとリョーコに近づいていく。


「なによ」


「これです、これ」


 頬に手をあてて、こそこそとしゃべる仕草でショウは紙袋の中から箱を取り出す。その姿にやれやれ。とリョーコはあきれ笑い。


「じゃーん。一足早い給付金でございます」


 ショウが開けた箱の中には小判型の模様と包装が施されたものが6個ほど詰められていた。


「どうですか、お代官様」


「……おぬしもワルよのう」


 リョーコとショウは互いに、下卑た演技笑いを浮かべた。


「それではさっそく」


「どうぞどうぞ」


 リョーコは包装を外し、中身のお菓子を口にした。

 外側はまさしく小判を思わせる色と形の歯触りの良い皮。その中にはしっとりとして、それでいてしつこくない、餡の甘味。餡の中には胡桃が入っており、それが柔らかさの中でのちょうどよいアクセントとなり、食べているものを飽きさせず、また次へ、次へと食欲をそそる。

 いわゆる小判型の最中(もなか)である。


「よいではないか、よいではないか」


「お気に召されたようで何よりでございます」


「結構であったぞ、戸石屋」


「これからもどうぞ、よしなに……」


 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、発令された緊急事態宣言。

 それにより静寂が訪れたオフィス街の一角で、即席の悪代官と悪徳商人の一幕が繰り広げられたのであった。



 ショウのモニターには「事業者給付金 申請解説書」と題された書類の表紙が画面いっぱいに映っている。


「これが今度始まる給付金ですか? 事業やってる人間は百万円もらえるってやつ」


「そ。正確には個人事業主は百万円。法人、会社組織は二百万円」


 ショウとリョーコはさすがに仕事中はマスクをしている。


「いーよなぁ、働かなくてもお金がもらえるなんて。俺達、会社員はせいぜい十万円だってのに」


「働けないからお金をもらえるんでしょ。私達は給料は出るんだから問題をはき違えないの」


「そういやセンパイの旦那さん、フリーランスですよね。対象になるんですか」


「なるわね。仕事が止まったって言ってたし」


「うーらーやーまーしー」


 椅子でぐるぐると回転しながら、ショウはぼやいた。


「って、でもセンパイが働いてるのはいいんですか?」


「なにが?」


 眼鏡をかけているリョーコは首をかしげる。


「だってセンパイが働いているから収入あるじゃないですか」


「どうしてぇ?」


 リョーコは今度は逆に首を傾ける。さっきは左、こんどは右である。


「いやいやいや、だからセンパイが働いてるから。収入あるでしょ。もらったらダメでしょ」


「な、ん、で、ま、た、ぁ?」


 リョーコはさきほどのショウのオーバーリアクションを意識したのか、メトロノームのように頭を左右に揺らしながら、言葉を発した。


「バカにしないでくださいよ! まさか、まじで悪代官のごとく不正にもらおうっていうんじゃ」


 ショウはガタンと椅子から立ち上がる。


「だから、その給付要件を見ていこうって話でしょ」


「そりゃ、そうなんですけどね」


 ショウは観念して、椅子に座り直した。


「ほんとにもう、あなたといると飽きないわね」


 リョーコはマスクの上からもはっきりとわかる形でほほえんだ。

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