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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
行政対応編
48/75

≪GT編 01話 -再開、姉と弟-(1/3) ≫

 鼻歌と共に軽やかに廊下を駆ける、スーツの男性の足取りは軽い。

 誰もいない廊下。

 静寂に包まれたオフィス。

 テレワークと時差出勤。

 それらは世間を騒がす新型感染症、通称新型コロナウイルスと呼ばれているものがもたらしたものだった。

 しかし、今の彼にとってはそれはささいな問題でしかない。

 昔、やたらと軽やかにクルクルとダンスを披露しながら歌う男性アイドルがいた。

 彼の生まれる以前に制作された、テレビ番組の再放送に映っていたその彼の姿は、子供心に妙に印象に残っていた。


 この人、大丈夫なんだろうか?


 あまりにも失礼と言えば失礼な感想なのだが、それが子供心に感じた率直な感想なのだから仕方ない。

 その感想を正直に言葉にしてしまうのはさすがに失礼すぎるため、子供心にも最大限空気を読んだ感想がその感想になったのである。

 なぜそんな事を思い出したのか。

 それは彼にとって、その男性アイドルがそんな行動を取っていたのか、今はありありと理解できるからである。

 嬉しくて天にも舞い上がるとはまさにこのこと。

 翼をはためかせる彼が目指す先は数メートル先のオフィスの入り口。

 ザザッと軽快に彼は入口から漏れる光に飛び込んでいく。


「お待たせしました、センパイ!」


 クルっとターンを決めて、バシッと彼は呼びかけた。


「相変わらずね、ショウくん。久しぶり」


 センパイと呼ばれた女性はオフィスチェアに座ったまま、挨拶を返す。

 髪型はあごより長く肩につかない程度のボブ・スタイル。

 チッチッチッ、とショウと呼ばれた彼は指を左右に振り子する。


「センパイ、今の僕はショウじゃありません。あれから何年経ったと思ってるんですか」


 ショウは腕をグッとポーズを決める。

 髪型は前髪を下ろしたウルフ・カット。


「今の僕は、ハイパー・ショウです!!」


 ズバーンと彼は宣言した。

 ……宣言した。

 …………宣言をした。

 やがてプッと彼女は噴き出し、机をバンバンと叩いて、足をバタバタしながら、腹を抱えて椅子に座ったまま笑い転げ始めた。

 ショウはそれでも未だにハイパー・ショウのポーズを決めている。

 ほんのわずかな恥ずかしさをこらえながら。



 ひととおり笑い転げ終えた彼女は、自己紹介をした。


「久しぶりね、ハイパー・ショウ。私はこの度、契約社員として一年間お世話になることになりました、秋葉(アキバ)改め護摩堂(ゴマドウ)涼子(リョウコ)です。よろしくお願いします」


 涼子は笑いすぎて出てきた涙を指でぬぐった。


「護摩堂さんですか。なんか筋肉っぽくていいですね、その苗字」


「どういう意味よ」


「いやだって、なんか修行とかして鍛えてるっぽいじゃないですか。前の秋葉涼子だとなんかスタイリッシュな感じでよかったけど、護摩堂涼子もなかなか趣きがあっていいですね、いい」


 ショウはグッ、グッとボディビルダーがとるようなポーズを決める。


「相変わらず頭おかしいわね」


「ひどい!」


「だって自分をハイパーとかさ。バカじゃないの」


 ククク、とまた涼子は笑いをこらえずにはいられなかった。


「センパイの為に身体を張ったんですよ!」


「そういうのは最後まで恥ずかしがらずに最後までやり通しなさいな、ハイパー・ショウ」


「それを言うならセンパイこそ何なんですか、そのズボン。それジャージのズボンでしょ。なんで上がスーツなのに下が―――」


「ショウくん?」


 言葉を遮る呼びかけは、有無を言わせぬ迫力があった。

 涼子は音もなく椅子から立ち上がり、ショウにニコリと笑いかける。

 ショウはその笑顔にアハハ、と後ずさりするしかなかった。


「以前、あなたと私は誓ったわよね? 私達二人は仁義を交わした姉と弟だと」


「は、はひ……」


 押し寄せる迫力にショウの滑舌は回らない。

 カツ、カツと歩み寄る涼子にコクコクとショウは首を縦に振る。

 下がジャージだったらスニーカーでいいのに、なんでビジネスシューズなのかが気になったが、さすがのショウも命が惜しいので今は触れない方がいいと思った。


「いい子ね、ショウ。物分かりが良い弟でお姉ちゃんはうれしいわ」


「と、と、とーぜんじゃないですか」


「ならついでだから、私の事もリョーコって呼んで」


「できませんよ!」


「でも普通の姉と弟、姉弟(してい)って、弟が姉を呼び捨てにしてること多いじゃない?」


「んなことないでしょ。俺にも姉がいますけど、普通に姉貴(あねき)呼びですよ」


「なによ、つまんない。さっきのあの身体を張った一発芸の勇気はどこにいったの。おれはハイパー・ショウ!」


 リョーコはさきほどのショウの決めポーズをモノマネした。


「やめて! 今になって恥ずかしくなってきたから」


 ショウは少女のように赤面した顔を両手で覆った。

 そして、気づいた。


「そういえばマスク」


 ショウはポケットに入れたままのマスクを取り出した。


「するの? 私とあなたの間柄じゃない」


「ええ……」


「半径5メートル以内に近づかないでくれればいいでしょ」


「広すぎぃ! 地味に傷つくからジョーダンでもやめてっ」


「もう、しょうがない子。あまりお姉ちゃんを困らせないでよね」


 リョーコはしぶしぶマスクをポケットから取り出し、顔に装着した。

 ショウもそれにならって、顔にマスクを装着した。


「まったく付ける付けないって、付けない方がイイに決まってるのにね」


 ショウはリョーコのその発言は聞かなかったことにした。

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