≪KK編 06話 -ふたりで朝食を-(3/3)≫
あの日から報告書が出来上がるまで、数日と時間を必要としなかった。
「読み方がわかったからです。物差しがわかれば、あとはそれを目安に読み取ればいいだけですから」
それまでのみさをとはまるで別人の、見違えるような集中力を発揮していた。
それから小須戸がやったことは内容のチェックとデータの補足ぐらいである。
さすがは優秀な新人として、その名を社内でささやかれていただけのことはある。
愛嬌もあり、ときどきついでにとんちんかんな部分もあり、それでいて仕事はできる。
正直、なんでこんな自分と組んでいるのかと、不思議に思うのだった。
「そうだ、小須戸サン」
急な呼びかけ。
「私達の報告書、祖母にも見せました」
「へえ、なんて?」
「ようできてる、いうてもらえました」
「よかったね」
「それで、その……あの……」
みさをはデスクの上にあるカエルの人形を持て余す。
かわいいから、です。と最近、カエルグッズを身の回りに置くようになったみさをは、その理由を小須戸に答えた。
このご時世だし、オフィスには当面ふたりだけだしで、特に小須戸としては言う事はない。
ただ、いくら鈍い小須戸でも、女子社員から自分がなんと呼ばれているかぐらいは感づいている。
おせっかいにもわざわざ聞こえるように言う人もいる。
「ほっときなさい。どうせ上っ面しか理解しない連中なんだし」
秋葉、もとい今は護摩堂と姓が変わっている女性の声が脳裏に響いた。
「……ケンジくん?」
みさをの呼びかけにハッと我に返る。
じとーっとみさをの目線。心なしか髪留めのカエルも怒っているように見える。
「あの、その……ごめん。なんだっけ」
「聞いてなかったんならいいです」
みさをはぷいっと横を向く。
機嫌を損ねてしまった。
ちらりと時計を見ると午後の三時に差し掛かろうかという時間。
「そろそろ午後の休憩にしようか。この前言ってたお菓子、昨日届いたし」
小須戸は立ち上がってみさをに告げる。
みさをの表情がぱっと明るくなる。
「洋風のパイの中にあんこが入ってるお菓子」
狙いが的中した小須戸も笑顔になる。
「ケンジくん、女子は甘いもの出しとけばそれで機嫌とれる思ってません?」
「とんでもない」
嬉しさをにじみ隠さない疑惑の視線を小須戸は軽口芝居であっさりいなす。
「この前は焼きそばにミートソースでイタリアのもじり。今度は洋風なのに和風のお菓子で商品名がヨーロッパのもじり、さらには店名まで上方の地名ってどういうことやの、ほんまに。どういう土地柄なのか、謎すぎません」
みさをが挙げた食べ物はともに、小須戸の出身地で親しまれている食べ物である。
「おいしいものにおいしいものをさらに掛け合わせるなんて、おいしいに決まってるんだから、贅沢にすぎます。ほんま自分達だけずるいですね」
口をとがらせながらも、みさをは笑顔である。
小須戸はお菓子の入った紙袋を取りにロッカールームに向かう。
「私、お茶用意しますね」
みさをは休憩室に向かう。
「あ、そうだ」
小須戸がみさを呼び止める。
「みさをサン、虫歯あるよ」
びくっとみさをの身体が硬直する。
「ど……どこに」
「奥歯。まだほんの少しだけど。早めに歯医者行って治した方がいいよ」
小須戸は自分の頬を指さし、ここ。とその場所を指し示す。
みさをの顔が真っ青になり、そして、真っ赤になる。
それが失言だと気づいたのは、みさをの全身がわなわなとふるえ始めてきてからである。
「さいっていや、ホンマ! 女子にそんなこと言うなんて。あほ、抜け作、あんぽんたん! なんなんや、もうほんま!」
みさをは顔を真っ赤にして罵倒の嵐。
小須戸は逃げるようにロッカールームに逃げ込む。
「女心は繊細でデリケートなの。大切に扱わなきゃダメよ?」
肝に命じなければ、とその言葉を固く心に誓う。
とりあえず、謝って許してもらわなければ。
小須戸は少し時間を置いて、みさをが落ち着いてからお菓子を持っていくことにした。
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参考文献
新型コロナウイルス感染症の“いま”についての10の知識(2020年10月時点)
https://www.mhlw.go.jp/content/000689773.pdf
『』内引用
第8回新型コロナウイルス感染症対策協議会 議事録
https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/37375/00382212/021223%20giziroku.pdf




