≪KK編 06話 -ふたりで朝食を-(1/3)≫
年が明け、緊急事態宣言は再び訪れた。
都では一日2000人を超える感染者が出て、府でも650人を超える状況となった。
再び、街から人が消える。
だが、今回は二回目の宣言の発令であり、初回の宣言とは違って店舗の営業も時短要請に留まっているため、前回ほどの静けさにはなってはいない。
小須戸が利用する通勤電車も初回の緊急事態宣言では悠々と椅子に座れたものだが、今回は立って通勤することになっている。
こうやって何度か緊急事態宣言を繰り返し、徐々に日常を取り戻していくのだろうか。
およそ百年前にスペイン風邪と言われる流行性感冒が日本を襲った際、三回の大きな流行が訪れた。
第一回が1918年8月から1919年7月。第二回が同年9月より1920年7月。第三回が同年8月より1921年の7月。
患者数、死亡者数のピークは第一回が1918年11月。第二回のピークが1919年1月。第二回については第一回では流行しなかった地方において猛威を振るったため、死亡者数は第一回を上回った。
流行を経るごとに患者数は十分の一に減少し、最後の流行となった第三回は二十万人の感染者、三千人の死亡者となり、二千万人の感染、二十五万人の死者を出した第一回と比べると感染者は百分の一、死亡者は千分の一となった。
マスク着用についての呼びかけも今と同様、さかんに行われており、百年という月日を経ても人は変わらない。
小須戸は窓の外の風景に目を移し、換気のために差し込んでくる冬の冷たい風を感じながら、そんなことを考えていた。
新型コロナはただの風邪。
実際、感染者の大半はいわゆる風邪と呼ばれる無症状患者であり、入院治療を要する重症者の発生割合は50代から増え始め、60歳以上では8.5%となっている。
ただし、50代未満の若年層ではほぼ入院を要しないさざ波レベルの発生割合の1%以下の数字。
死亡率に関しても同様で、第一波の時は60代は5%、70代は17%、80代は30%と右肩上がりだったものが、ある程度治療法の確立が見えてきた現在、60代は1%、70代は4%、80代は12%とそれぞれ4分の1から半分以下にまで落ちてきていた。
50代以下の若年層に至っては0.06%という、まさに屁でもない数字といって差し支えない状況。
もちろんその裏には医療関係者の懸命な働きがあってこそなのだが、世間一般にはなかなかそれが浸透していないのも、また事実だった。
駅に到着した小須戸は人混みにまぎれ電車を降りる。一年前までは歩く速度も周囲に合わせなければならないほどだったが、今は自分のペースで歩くことができてすこぶる快適だった。
手には紙袋。以前なら手荷物も人ごみに押し潰されそうなほどだったが、今ではその心配をすることもない。
「ケンジくん」
背後からの声に振り返ると、みさをが改札入口で自分を待っていた。
「おはよう」
小須戸は朝の挨拶を返す。
みさをはじーっっっと小須戸の次の言葉を待っている。
みさをの視線と髪留めのカエルの視線に迫られる。
「……みさをサン」
みさをはにぱっと笑い、おはようです。と小須戸に挨拶を返した。
いつ頃からかみさをの髪留めは、カエルのキャラクターがついたかわいいアクセサリーとなっていた。
カエルとは陸上、水中の両方で生活が可能な両生類に分類される生物である。
幼体の時はオタマジャクシと呼称され、手足が無く、尾が長く、エラ呼吸をして、食べるものは雑食。
その後、種類にもよるが1~2か月ほどで手足が生え、尾が縮まり、エラが無くなって肺呼吸が可能となることで陸上生活が可能となり、カエルとなり、食べ物も肉食となる。
小須戸とみさをは肩を並べて、オフィスへと向かう。
話題はテレビドラマや映画、音楽、昨日何を食べたかなど、取り留めのないこと。
仕事の話、コロナ禍の話はオフィスの外には持ち出さない。それはいつ頃からかのふたりの取り決めだった。
ふたりがオフィスに入るのは始業30分前。それより後に入ることは無い。あるとすれば、みさをが寝坊をしたときぐらいである。
月水金はみさをが弁当を作ってきて、火木は配達を利用して昼食を済ませている。
みさをがやたらと牛丼やカレーなどいわゆる男性の好みそうな食事ばかりリクエストするのが、小須戸には意外に感じられた。
弁当はいわゆる和食でいかにも質素だが栄養バランスを考えている内容だったためである。
女子はみんな、食いしん坊なんです。とはみさをの言い分。男性が独りで利用する店、牛丼屋やラーメン屋などは女子から見たら戦場にように感じられるため、入りづらいのだということだった。
それを言うならば、パスタ屋やケーキ屋のような女性が利用するお店は男が入りづらいのだから、お互い様なのではないか。と思うのだが、そこは思うだけにしておいた方が利口なのだろうな、と小須戸は思っている。
途中、コンビニに入り、二人は朝食を買っていく。
小須戸はだいたいコロッケパンかやきそばパン、ときどきホットドッグ。
みさをはサンドイッチのどれかを選ぶことが多いのだが、ときどきスイーツの棚に立ち止まっておなかを気にしながら悩ましい目線を送っていることもあった。
我慢は良くないのではないかと思うのだが、女子には色々あるんです。と言い返されるのがオチである。
ケーキやプリンを一回二回食べたところで、急に体型が変わるわけがないのに。と小須戸は思う。
「男性はいいですね。おいしいものを人目を気にせずがっつけるんやもん」
配達してもらった、昼食の大きめなウインナーを挟んだホットドッグを食べながら、みさをはぼやく。
本音を言うなら、大口を開けて思いっきりかぶりつきたい。だがそれは女子としての矜持が許さないのだった。
一人でこっそり食べる分には問題ないのでは。と小須戸が言ったことがある。
「独りで食べるのはおいしくありません。弁当だってそうです。独りで作って独りで食べるより、食べる人がいてその人のこと考えて作って、一緒に食べるのがおいしいんです。それに一人分も二人分も大して手間は変わりません。二人の方が作れる献立が増えるから作ってて楽しいんです」
正直なところ、小須戸は独りで食べる方が好きだったりする。美食家というわけではないが食べ物の味はしっかり味わいたい。
思わず口を滑らせて言ってしまった翌日、やたらとフルーツ類が盛り込まれた非常に珍妙な弁当が出てきた。
もちろんみさをの弁当も同じ内容、そしてみさをは満面の笑顔である。
その満面の笑顔で小須戸の動向、一挙一動、一挙手一投足まで、しっかりと監視していた。
小須戸は何とか平らげた。味は正直わからなかった。
「二人で一緒に食べるの、楽しいですね」
許された。
それが、そのみさをの言葉と笑顔の正直な感想だった。
それからというもの、時々ではあるが弁当の一品の中に妙に珍妙なメニューがまぎれることがあり、それを小須戸が口に運ぶのを、みさをは様子を伺うのだった。
じっと見ていることもあれば、食べながらちらりちらりと目線を送っていることもある。
小須戸もどのタイミングでそれを口にすればいいのか迷ったときは、みさをの様子で判断することにしている。
時々、意表をついたタイミングで食べたりすると、みさをの表情が怒ったり喜んだりするのが見え隠れして楽しいのであった。




