≪KK編 05話 -ふたりに時間を-(1/3)≫
ビルの外は晴天の昼下がり。
陽光が差し込む休憩室で、みさをと小須戸は昼食を摂っていた。
男性用の大きな弁当箱とそれより一回り小さな女性用の弁当箱。
モソモソと箸を口に運ぶ小須戸と、ムシャムシャとおかずを口に放り込む、みさを。
共に弁当の中身は同じ和食である。
「あの……」
「なんですか」
おそるおそる問いかける小須戸に、みさをはじろりと睨み返す。
「……なんでもありません」
シュンと小さくなる小須戸。
「なんやの、オトコのくせに。堂々としたらいかがです」
みさを、腰を上げて小須戸の弁当から卵焼きを箸でつまんで口に運ぶ。
うーん。とご満悦のみさをは笑顔。
休憩室の机にはそれぞれ仕切りのアクリル板が設置されているのだが、二人の座る机にはアクリル板の仕切りはなかった。
「あ……」
「なんですか。うちが作った弁当をうちが食べて、何かいけないことありますか」
「ありません」
「なら、もっとおいしそうに食べてください。せっかくうちが腕によりをかけて作ってるんですから」
「そ、そりゃもちろん」
小須戸はガツガツと弁当をかきこみ始める。
みさをはその姿を見て、微笑む。
「そうそう。うちは別に小須戸サンが他の女の人を何と言おうが別に怒ったりしてませんし、今も怒ってなんかいませんよ」
みさをは満面の笑顔をにっこりと小須戸に見せつける。
小須戸は決して目線を合わせずに弁当を無我夢中でかきこむのだった。
昼食を済ませ、みさをは給湯室で弁当箱を水で軽くすすぐ。
小須戸は緑茶を入れたティーポットを、それぞれの湯飲みに注いでいた。
「ありがとうございます」
ふきんの上に洗った弁当箱を逆さに置いて、みさをが戻ってくる。
「やっぱり食事のあとは、おいしい緑茶が一番ですね」
「そうだね」
みさをの機嫌が戻った様子に、少し小須戸はホッとする。
「小須戸サン」
「は……はい?」
じろりと見られて、思わず声が裏返る。
「うちの顔……、何かついてますか。さっきからじろじろ見てますけど」
「……ほっぺたにケチャップが」
「え?」
あわてて、みさをはほっぺたを指で触る。
指には何もついてない。
「嘘だよ」
小須戸は笑って告げる。
みさをはぷくーっと頬を膨らませる。
「ほんま、意地が悪ぅなりましたね」
「僕だって、いつまでもやられっぱなしじゃね」
「何言うてんですか。いつもやられっぱなしのはうちのほうです」
「いやいや、僕だって」
「うちですよ」
「僕だよ」
「うちです!」
お互いに譲らない。
「何でそんな意地張るの」
「張ってません」
ぷいっとみさをは横を向く。
こうなるともうお手上げである。
小須戸は緑茶をすすって、一息つく。
いったん引いて、相手の出方を見る。
はるか昔の神話の話ではないが、ここはじっと待つのが得策なのだと、小須戸も今ではすっかり心得ていた。
「……最初から、そうじゃないですか。私、ずっと小須戸サンに世話になりっぱなし。今回の報告書だって、結局は小須戸サンなしじゃなんもできんかった」
「でも全部まとめたのは刈谷さんじゃないか。僕だってどうしたらいいのかわかんなかったんだから」
「嘘ばっかり」
再び、じとりと睨まれる。
どうして信じてもらえないんだろうか。
「府の専門家会議の件だって、最初から知ってたんじゃないですか。それをたこ焼きにソースがなかったとかいって、しょーもない嘘ついて」
「いやいや、でもそれは本当だって。だから明石焼きみたいに、ソースの代わりにお吸い物でたこ焼き食べてたんじゃないか」
「ならもっとかっこいい嘘をつけばええのに。ソースが無いからソースを探しに行ったらソースが見つかったって。どんな漫才ですか」
みさをは意地悪な目をして口をとがらせる。
ソースとは、調理において味付けに用いられる液体状の調味料のことである。
日本料理では醤油、味噌、出汁などがこれにあたり、今ふたりはソースといってもいわゆるウスターソースの事を話題にしている。
小須戸がたこ焼きを買った際、店員があたためるつもりで商品のテープでついていたたこ焼き用のソースを会計前に外した際、小須戸があたためるのを断ったために店員がソースを外したまま会計を行い小須戸に渡してしまい、小須戸もそれに気づかずに受け取ってしまったようだった。
そのため小須戸はそのたこ焼きを、休憩室に誰かが置いたままとなっていたお吸い物のパックをお湯を少なめに作って、味付けの出汁として食べていたのだった。
小須戸曰く、それが府のホームページを見に行くきっかけとなり、たまたま新型コロナの対策会議が行われていて、その議事録も公開されていた。という話だった。
みさをが言うソースとは情報源としてのソース(source)であり、日本語での発音は調味料のソースと同じだが綴りはソース(sauce)で意味も全く異なるものである。
また日本語としても了承の意味で、そーす。そーすか。そーすね。と用いる場合もあるが、極めて特異な事例であり、通常の会話で使われることはほとんどない。もし使う場面があるとすれば、おそらく何かを意図した使い方をするぐらいではないだろうか。




