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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
事業者編
3/75

≪TU編 01話 -還らざるときはもう戻ってこない-(3/3)≫

「お待たせしました。すみません」


 臼井は戸石への施術を再開する。


「いいのかい?」


「いつも来てくれてるお客さんですから」


 戸石は顔を横に向けて、ほぉ~、とニタリ顔を臼井に見せる。


「何、笑ってるんですか」


「タクミさぁーん」


 マイはカーテンを開けて、ジャージに着替えた姿を見せる。


「あー、はいはい。こっちですこっち」


 すいません、と戸石に一声かけて、臼井はマイをベッドに案内する。


「だっこ」


 何かを抱きかかえる仕草をするマイ。

 はいはい、と臼井は空いているベッドの上に置いてある(かぎ)の形の抱き枕をマイに渡す。


「えへへ、だっこ~」


 臼井は顔を乗せるU字枕を抜いて、胸枕をベッドの頭の部分に移す。

 マイは抱き枕を抱いたまま、ベッドに横になる。

 臼井は棚に入れてある毛布を持ってきて、横になっているマイに掛けた。


「はい、おやすみなさい」


「はぁーい」


 臼井が戸石のベッドに戻ると、戸石は身体を震わせていた。


「何、笑ってるんですか」


「先生、かーちゃんじゃんかよ」


「これも仕事のうちですからね」


「えらいっ」


 戸石はうつぶせのままうなづいた。



 時刻は朝四時前。

 臼井は戸石のふくらはぎ部分を腕で転がすように施術している。

 戸石は臼井の施術を受けながら、ベッドで寝息を立てている。口元からよだれが垂れて、U字枕に掛けてあるフェイスタオルを濡らしていた。


「少し身体の方、伸ばしていきますから、仰向けになってください」


 臼井は戸石の肩に手を置いて、身体を軽く揺らす。

 んん……。と眠気が覚めきらないまま、戸石は身体を起こし、仰向けになる。

 臼井は戸石の足を抱え、モモを戸石の胸元に押して、腰とヒザ裏の筋肉をを伸ばしていく。続いて、横向きにして背中、肩の筋肉を伸ばし、仕上げに両足を揺らしながら伸ばす。


「じゃ手をこっちにください。はい、伸ばしていきますね」


 頭の方に回った臼井は戸石の両手を持ち、胸やわきの下など上半身の筋肉を伸ばしていく。


「はい、お疲れさまでした」


 戸石はあくびをしながら起き上がってベッドから足を出し、臼井に背中を向ける。

 臼井は戸石の首、肩、背中を、両手を合わせた握りこぶしで軽く叩いていく。


「力加減、大丈夫でした?」


「大丈夫、ずっと寝てたよ」


「じゃ、お着替えですね」


 臼井はベッド下に置いた戸石のカゴを持って、戸石を更衣室に案内し、入ったのを確認してカーテンを閉めた。

 マイが横になっているベッドを見るとマイは微動だにせず、寝息を立てているのが見て取れた。

 出入り口のドアにかけている営業中の札を裏返して、営業終了の表示に差し替える。

 更衣室では戸石があくびをしながら着替えている。

 臼井はカウンターのタブレットで会計処理をしてレシートを出した。

 目を擦りながら、更衣室から戸石が出てくる。


「はい、じゃこれレシートです」


「あいよ。また頼むよ」


 戸石は臼井からレシートを受け取り、スリッパから靴へと履き替える。


「じゃ、あとは閉店後の店内でごゆっくり」


 戸石はちらりと横目で寝ているマイを見て、臼井にニタリと笑いかける。


「何笑ってるんですか」


 臼井も笑って、とがめるように言葉を返す。

 じゃ、また。と戸石は出入り口から出ていった。


「ありがとうございました。またのおこしをお待ちしております」


 臼井はカウンターから頭を下げて、店を後にする戸石を見送った。



 戸石がビルの外に出るとまだ外は夜明け前の静けさに包まれていた。

 駅前のロータリーには客を待つタクシー。

 中央通りには立ち並ぶ居酒屋やネットカフェなどの看板の明かりが未だ夜の駅前を照らす。

 まばらだが行き交う人の姿も見て取れる。

 感染症のニュースが世間をにぎわせるようになって、もうひと月以上になるのだろうか。

 怖い怖いと言われながらも、人の賑わいは多少減ってはいるもののさほど変わりはない。

 見上げればさっきまで自分がいた店の黄色い看板。

 いつもと変わりない日常がそこにはあった。

 戸石は大きくあくびをする。

 夜明け前の冷たい空気が胸に心地よい。

 今日はよく眠れそうだ。

 戸石は寒さに少し身体を縮めながら、家路に着いた。

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