≪TU編 07話 -昨日はそれでも訪れない-(2/4)≫
戸石が自宅に着いたのは夕方だった。
久しぶりに街並みを歩き、ゆっくりと外の空気を吸うことができた。
戸石は満足だった。
自宅の店はやはりまだ閉まったままであり、店内は暗くなったまま。
若干の寂しさを覚えつつも、裏手に回り家の玄関を開ける。
「ただいま」
「あ、おかえり。おとーさん!」
バタバタとヒメが出迎える。
少し痩せたようだが元気な笑顔だった。
「おう。元気にしてたか」
戸石は靴を脱ぐべく、腰掛ける。
「ストップ! まだ上がらないで」
「なんで?」
「鍋するから、スーパーで材料買ってきてよ」
「……は?」
「だってアタシもおかーさんもまだ隔離期間中だから、外出できないし」
「いやいやいや、ちょっと待て。十日ぶりに帰って来た父親をいきなりお使いか? おかしいだろ」
「あら、おかえり。おとーさん」
遅れて出てくる、あきら。
「かーちゃん、ヒメになんとか言ってくれよ!」
「お願いね、おとーさん。悪いけどちょっと行ってきて」
取り付くシマがなかった。
確かにおかしいと思っていた。自分を出迎えるべく、ずっとヒメが待っていたなんて。そんなことがあるわけない、と。
一瞬、幼少の頃のおとーさーん!と言いながら、自分に抱っこをせがんでいた、かわいい盛りのあの頃を思い出したのに。
ヒメにとって自分が一番だったのは昔の話。目の前のヒメの勝ち誇った笑顔が、今の自分の現実だった。
……やれやれ。と戸石は苦笑いで靴を履き直す。
「はい、これ」
ヒメは戸石に材料の書かれた紙を渡す。酒、肉、野菜、卵、飲み物とかなりの分量。
「あと、これ」
あきらからも買ったものを入れる、布製のバッグを二つ渡される。
「配達してもらうとかいう選択肢はなかったのか」
形だけでも、戸石は抗議する。
「ネットスーパー? ポチポチポチポチめんどくさいじゃん。それに食べ物ってのは、この目で見てこの手で確かめたものじゃなきゃ」
ヒメは戸石にぐっと拳を握って見せる。
「おとーさんが買ってきてくれるから、いいのよ」
いってらっしゃーい。と完全に二人はお見送りの態勢。
戸石は悟りの境地で立ち上がり、玄関を出た。
「お父さん」
道に出ようとした戸石を呼び止めたのは、ヒメ。
思いのほか、真剣な表情だった。
「どうした」
「……ごめんなさい」
ヒメは、戸石に深く頭を下げた。
その後ろで微笑んでいる、あきらの顔。
戸石は察した。
「……もう、体調は大丈夫なのか?」
「うん、平気」
電話でのやりとりでは、ヒメとあきらもPCR検査を受けることになり、ヒメは陽性、あきらは陰性だった。
ただヒメは若干の風邪の症状はあったものの熱などはなく、あきらも全くこれといった症状はない。
ヒメは無症状感染者、あきらは戸石の濃厚接触者にあたるということで、自宅での二週間の隔離の要請を保健所から受けたということだった。
「それはよかったよ。じゃ行ってくる」
「いってらっしゃい、おとーさん」
いくつになっても父親にとって娘の笑顔は天使の笑顔。
正直、色々思うところはないではないが、そこは変わらないのだな、と戸石は思った。
リビングのテレビに映るものはプロレス。
キッチンではヒメとあきらの二人が何か、ワイワイとやっていた。
戸石はただ何をするでもなく、出されていたこたつに入って、プロレスをぼーっと見ている。
この何気ない日常は、隔離明けの戸石にとって幸せに感じられる。
これでビールでも飲めれば最高なのだが、今はまだ飲めない。ヒメとあきら待ちである。
「はい、おとーさん、これ」
ヒメがお盆を持ってきて、一皿一皿、料理をこたつのテーブルに並べていく。
そして、こたつに入らず正座で座る。
「なんだこれ?」
「私の考えた新メニューよ!」
ヒメはドンと胸を張った。
戸石はそれぞれの皿に視線を移していく。
エビとブロッコリーのグラタン。スモークサーモンとレタス、たまねぎのサラダ。カニカマと卵ともやしの炒め物。そして白、黒、緑の三種類のアイスが密になって、そこにスプレーチョコがかけられたもの。
「これ、まさかエビデンスとか言って出そうって話じゃないだろうな」
戸石はエビグラタンを指して指摘する。
「なんでわかったの」
「いかにもお前の考えそうなことじゃないか!」
鍋の準備をしているあきらの肩が笑いをこらえているのか、震えていた。
戸石は改めて四つの皿を見る。
「出すなら、この三密アイスかな、ただ量が多い」
戸石はアイスの皿を手に取った。
「え、でもこれでも少ないって」
「アイス屋じゃなく居酒屋の食後のデザートだろ? 物足りないくらいでちょうどいい。基本、注文してもらってなんぼだからな」
「あ、なるほど……」
ヒメは納得した。
「かーちゃん、呼んで来い」
「うん」
ヒメはあきらを呼びに行く。
素直にヒメが応じたことに戸石は内心驚いた。
ヒメと入れ替わりにあきらが戸石の元にやってくる。
あきらもこたつには入らず、その場に腰を下ろして正座した。
戸石はリモコンでテレビの映像を切った。
「手を貸しただろ」
「何のことかしら?」
あきらはわざとらしく首を傾ける。
「これ。あいつ、まだ引き算なんかできないだろ」
戸石は三密アイスに指を差す。
「別に。ただ私は、あんたが出すんじゃなく、あたしらが出せるものを考えなさいって言っただけよ」
「……そういうことか」
「これなら別に出せるでしょ、アイスを盛り付けてお菓子用のスプレーチョコかけるだけだし」
「出すだけなら、な」
「はい、あーん」
あきらはカニカマの炒め物を箸でよそって、戸石に差し出す。
戸石はもぐもぐとそれを口にする。
「これも出してみましょうよ。カニカマの炒め物」
「かーちゃんが出したいなら、そうするよ」
「……ちょっと、二人でなにしてんの」
いつの間にか、カセットコンロを持ったヒメが立っていた。
「何って、お前のメニューの品評会」
「なんで品評会でいちゃついてんの、しかも娘の料理でとか。マジありえないんだけど! いい年してさ」
「そりゃ、しょうがない。おいしい料理は人の心を幸せにするからな」
お互い若かりし頃を思い出したのか、ねー。と見つめあう、戸石とあきら。
「こっちは真剣に考えたんだからね、もう! お鍋もってくるよ」
ヒメはカセットコンロをこたつにおいて、鍋を取りにキッチンに向かう。
テレ隠しなのか、ぶつぶつ言いながら鍋を取りに向かう姿に、戸石とあきらはお互い声を抑えて笑うのだった。




