≪TU編 06話 -誰もが自分の事しか考えない-(4/5)≫
「不備通知を読んでご対応ください。はダメだったの」
「ダメ。こいつ、わかってて話をこじらせてる」
臼井はディスプレイに表示されている担当者名に指を差す。
「マジか。嫌がらせかよ」
臼井とカケイはディスプレイを見つめたまま時間が過ぎていく。
「いったんワンクッション入れて、もう少し待たせてみようか」
「いや、もういいや。終わらせる」
臼井は保留を切って、通話に入る。
「大変お待たせいたしました。申し訳ありません」
臼井の声は普段よりも更にかしこまっていた。
「おーおー、で? 見つかったかい? 納得いく説明」
「ちなみに確認なんですが、こちらの件は申請者様にはお伝えいただいてますでしょうか」
「……は?」
「申請者様は不備の内容をご確認いただいておりますか?」
臼井はさらにもう一段かしこまり、そして語気を強めた。
「いや俺が担当者なんだけど」
「はい、今、お電話に出られてる方は失礼ですが、担当者様ですよね。今、確認したいのは申請者の方が今回の不備を確認しているかどうかです」
「俺が担当者なんだから、申請者も同じ意見に決まっているだろ。何言ってんだお前」
「なるほど。では、申請者様にお伝えください。今回の申請は、給付されません。と」
「……はぁ?」
隣でカケイが、あちゃー。と頭を抱えていた。
「ええ、多いんですよ。担当者の方が書類を失くされたり、マシンが壊れたりといった事情で書類を用意できなくなったりして、こういった話―――コールセンターにいいから審査を通せ。と無理強いしてくるケースが。……今回はそれとは違うと思いますけどね」
「どういう意味だ」
「あとは外注ですよね。審査が難しいから、お金を払って私が申請をしてあげますよー。というケース。書類一式受け取って、これでいけますね。と、よく知らないのに早合点して、後で審査から書類を要求される。でも言った手前、申請者―――お客様にそれが伝えられない。当然ですよね、お金の話ですもん。証明書を書いてと不動産会社に依頼したら料金を請求された。ってケースも聞いてますからね。そういう代理申請が事務局ですごい問題になってるんですよ。闇営業ってやつですかね。今、流行ってる」
電話の相手は黙っていた。
「動くお金も十万二十万じゃないですからね。多くて最大六百万。そりゃ、みんな飛びつきますよね。おこぼれをあずかろうと」
臼井はさらに話を続ける。
「我々は基本的に申請者の方と話をします。ただ法人の場合だったりするとやむをえない事情があったりする場合もあるので、その部分に配慮して担当者の方とお話をするということもある。まあ、やむをえないってのは個人も法人も関係ないんですけどね、いろんな方がいますから。申請入力を本当に手取り足取り、二時間かけて教えることもありますし。正直、私でもこの支援金についてはわかりかねる部分が多いですから」
最後の部分は嘘偽りない、臼井の本音だった。
「俺じゃなくて申請者を出せ。ってか」
やや沈黙が流れたあとの担当者からの返答。
「本来は申請者が窓口に問い合わせて、その返答を申請者にお伝えするのが正式な運用です。出すも出さないも申請時に申請者様のご連絡先は提出いただいていますので、今、ここで電話を切って、我々で申請者の方に架け直す形でもこちらは全くかまいません」
臼井はあえてゆっくりと伝える。そして、返答を待つ。
答えがないのを確認し、言葉を続けた。
「とにかく現状では申請は受理されず、給付はされません。申請額が百二十万ですか? 出ませんね。貸主の法人名が原契約書と更新契約書で相違しているという、その1点だけで。ただ我々としては申請者の方のご事情はあずかり知るところではございません。大家さんと不仲で書類にサインがもらえないとか、皆さん色々あるようですが。結論としては審査から通知がされている不備内容に従って対応いただかなければ、給付はされません。それだけです。よろしいでしょうか」
「お前、名前は?」
「私ですか? ウスイ、と申します」
「下の名前も言えよ。社会の常識だろ」
「申し訳ありませんが、当窓口では担当のフルネームをお伝えすることは致しておりません。また担当制でもありませんので、仮に架け直して、また別の担当となったとしても最終的な結論は変わりません。……以上でよろしいでしょうか?」
最後の言葉は確認ではなく、問いかけ。
「……ああ。お前、ほんとクソッタレだな。死ねよ、このゴミ」
露骨な舌打ちの後の言葉。
「それではご対応の方、よろしくお願い致します」
臼井が言い終える前に通話は切電されていた。
ヘッドセットを外して、カケイを見るとなんとも困った顔をしていた。
「なんつー顔をしてるんです」
「臼井さん、ほんとバトルが好きですよね」
「やめてくださいよ、俺、そんなバトルしてないでしょ」
「いやいやいや」
「売られた喧嘩は買いますよ、当然でしょ。ちょっと休憩いいですか」
「オーケーです。少し休んで後処理お願いします。俺も帰る支度するんで」
臼井が周囲を見回すと、オフィスにはもうほとんどの席が空席になっていた。
ただ一席のネームプレートにクレーム対応の赤札が刺さっており、サカウエがそばでフォローに回っていた。
赤札が刺さっているそのネームプレートには戸石良一の記載。
様子を見に近づくと、サカウエがヘッドセットを向けてきた。
イヤホンに耳を当てる臼井。
「だぁからさ! 審査の担当者出せっつってんの! 名前と場所! こっちの経理も連れて行ってやるからよ! 書類も持ってさ! 聞こえてんのか、あぁ!?」
思わず耳を放す臼井。
戸石を見ると表情も真っ青で、すいません。すいません。と頭を下げるばかりだった。
「ひどいですね……」
サカウエも笑うしかない。といった表情。
臼井は後ろ髪をひかれる思いはしたが、どうにもできない。出口に名札兼カードキーを当てて、オフィスを後にした。
ぺこぺこと頭を下げる戸石。ヘッドセットが頭から滑って落ちないよう、両手でしっかり押さえている。
「すみません。それはできません。お願いします。どうか、もう本当に」
「あやまれっつってんじゃねーの! 担当出せっつってんの! 契約書は出してんじゃんよ! なんでダメなんだよ! 今からつなげよ! この電話! なんなら役所のどの部署か言えよ! うちの経理連れてご説明してやるからよ!」
「あの……保留にしますんで、本当に、お願いします。どうか」
サカウエは手持ちの電子パッドに、保留OK。と書き込み、見せる、
戸石はサカウエの顔を見上げ、怒鳴り続ける申請者をそのままに保留ボタンを押す。
「代わるわ。あといいよ、やっとく。いったん休んできな」
戸石は言われるままにフラフラと席を立つ。
サカウエはヘッドセットを自分のものに付け替え、両手に消毒スプレーをして、よっしゃ。と両手を叩いて気合を入れた。




