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コロナ禍を生きた人々  作者: 西川悠希
事業者編
18/75

≪TU編 06話 -誰もが自分の事しか考えない-(2/5)≫

 コールセンターの仕事を終えた戸石は、駅前の夜の繁華街を歩いていた。

 かつてはにぎやかだった繁華街も、今ではすっかり空きテナントばかりが目立っていた。

 路地を覗くと若い連中がたむろして酒を飲んでいる。いわゆる路上飲みというやつだった。

 マスクもせずにわいわいと騒ぐ。いい加減、みんなの我慢も限界に来ているのだろう。

 だが散らかったごみはいったい誰が片づけると思っているのか。若者はいつの時代も無責任。

 だがそれは給付金で問い合わせてくる申請者においても同じだった。

 こっちが真摯に問い合わせに応じようとしても、感情のままに罵倒してくる。

 実際のところ、店さえまともに営業できていれば、すぐにでも辞表を叩きつけたいというのが、戸石の本音である。

 本当ならば契約としては年末で終了するはずだった。まさか延長の依頼が来るとは思ってもいなかった。

 しかし、よくよく考えてみれば、毎週10人前後の新人が入ってきており、入る人間が多ければ、それはまた出ていく人間も多いということ。

 戸石自身、リーダー以外のスタッフに関してはまともに顔も覚えていなかった。

 冷たい風が戸石の身体を吹き付け、寒さに身を縮める。早く家に帰りたい。妻と娘のいる温かい家に。

 戸石は足早に自宅へと急いだ。



 戸石が自宅に訪れると店の中は照明が点いていた。

 のぼりも暖簾も出てはいない。

 ヒメのやつがまたやっているのか。

 時々、新メニュー開発と称して、友達とわいわいやっているようだった。

 眉をひそませた戸石は店の中を覗き込むこともせず、家の玄関に足を運ぶ。

 玄関に入ると、店の中から笑い声が聞こえてくる。


「おかえり」


 靴を脱いでいると、マスクをしたあきらが出迎える。


「なんだよ、あれ」


 戸石は不快さを隠さない。


「大目に見てあげて」


「このご時世にママゴトやっていい気になって。俺の店だぞ」


 戸石はマスクをあごに下げて、歩みを店に向ける。


「お父さん」


 強いあきらの口調に戸石は立ち止まる。


「私がやらせてる」


 あきらの言葉に、戸石は身体をひるがえす。


「ここは俺の店だぞ」


 怒鳴りたい衝動を、ギリギリと拳を握りこんで抑え込む。


「お願い。気持ちはわかるけど、もう少し様子を見てあげて」


 あきらも引く様子はなかった。

 戸石は苦い顔をしながらも、拳の握りを緩める。


「だったら、家の中が焦げ臭いのをどうにかしてくれ。どうせ好き勝手に厨房いじりまわしてんだろ」


「え、焦げ臭い? うそ」


「さっきからずっと匂ってる。ただでさえ自粛警察だなんだって世間がうるさいんだ。切りのいいとこで帰らせろ。マスクしてても匂ってるんだ。いい加減にしてくれよな」


 店から聞こえてくる騒ぎ声が耳障りで仕方ない。


「うん、わかった。言っておく」


「俺の店はガキの遊び場じゃないんだ」


 戸石は吐き捨てるように言って、二階に上がっていった。

 あきらはマスクを下げて、くんくんと匂いをかぐ。

 特に焦げ臭いとは思えない。そもそも、料理についても揚げ物や焼き物など焦がすような料理を作っていた様子はない。

 ハッと何かに気が付いたあきらは、戸石が消えていった階段を見上げる。

 だが、それは確証ではない。

 あきらはそれ以上何も言えず、ただ階段を見上げることしかできなかった。



 コールセンターでは申請締め切りを控え、ますます申請者の温度感が高くなる日々が続いていた。

 年末年始にコールセンターが休業していたことに加え、さらに政府の月末まで緊急事態宣言発令。

 それに伴いパソコンやスマホを持たない申請者のためのサポート会場が一時閉鎖。

 結果的には緊急事態宣言発令に伴い、申請期限は一か月延長となったものの、相変わらず怒鳴られる毎日が続いていた。


「だから何がダメなのさ。しっかり納得いく理由を説明してくださいよ。前にあんたらがこれで申請通るっていったじゃないかさ」


「申し訳ありません」


 男性の抗議の声に、戸石は頭を下げる。

 電話の相手には、頭を下げている姿は確認できない。しかし、だからといってふんぞり返って対応していても、それは電話の相手に伝わってしまう。

 それはその通りなのだろうな。と戸石は思っている。

 とはいえ、既に通話時間が三十分にわたっており、隣でリーダーがモニタリングしながらフォローについているものの、そろそろ限界に来ているというのが正直なところだった。


「何で申請させてくれないんですか」


 女性の抗議の声を受けているのは、臼井。

 臼井のパソコン上では、手書きで誓約書と書かれ、その下に申請者の名前と印鑑の記載がある書面が表示されていた。


「恐れ入りますが、申請者様はホテルと賃貸借契約を結んでいるということでしょうか」


「そうよ。だって部屋を借りているんですもの」


 臼井は契約書が添付されている項目をクリックし、表示させる。

 出てきたものはホテルの支払い明細。


「基本的に支援金の対象となるのは、事業を営む上で賃貸借契約を結んでいる事業者の方が対象となっております。恐れ入りますが、申請する場合は契約書をご提出ください」


「どうしてよ、事業をするためにホテルの部屋を借りてるのよ。問題ないでしょ。申請させなさいよ」


「繰り返しになりますが、必要なのは賃貸借契約書です。どうしても。というのであれば、ホテルと交渉していただき、賃貸借契約書をご用意ください。また、実際に給付を受けるにあたり、2020年3月以前から契約を継続し、事業を行っているという証明、有効期間が含まれている契約書が必要でございます。不備の通知にある通り、まずは契約書、日別ではなく月間の支払い履歴、そして、誓約書も正式なものをご用意ください」


「はぁ? 何言ってるのかわかんない。それに誓約書なんてどこにあるのよ。誓約書って名前と印鑑押してあればいいんじゃないの」


「誓約書はHPにてダウンロードして印刷、そのうえで手書き、自署(じしょ)で署名をいただきご提出をお願い致します」


「ダウンロードして印刷なんてできるわけないじゃない。ホテル住まいなんだから」


「申し訳ありませんが、誓約書については必須となりますので、ご対応をお願い致します」


「いや、ご対応ってさー。それができないからこうして電話してんでしょー。あんたもわかんないわねー」


「申し訳ございません」


「いや、だからさー。あたし、困ってんのよ? みんなもそうでしょ。あたし、何かした? 何もしてないよ? めっちゃ困ってさー。こうして頭下げてお願いしてんじゃんか。あんたの仕事、なに? 口先だけで頭下げてりゃいいの? それでお金もらえるの。ちょろいよねー」


「申し訳ございません」


「あやまってないで、なんとかしてよ。って言ってんの!」


「申し訳ございません」


「あー、もう何なのアンタ、喧嘩売ってんの? 女だと思って? ナメてんじゃねえぞ、おい」


「申し訳ございません」


「あたし、苦しんでんの。わかる? 助けて、って言ってるわけ。これってそういう風に困ってる人を助けるものでしょ。違わない?」


「申し訳ございません」


「誰があやまれっつってんだよ。説明しろってんだよ。これは私を助けるための制度だろ! だったらまた宣言なんて出してんじゃねえよ、あぁ!? たかが風邪程度によぉ」


「……では、いったん保留と致しますのでお待ちください」


 臼井は通話を保留にし、しぶしぶ黄色札を上げる。


「大丈夫?」


「サカウエさん、説明した方がいいですか?」


 臼井はサカウエと呼んだ大柄な女性にモニターを見せる。

 映っているものは、手書きの誓約書。


「えーと……」


「この人、解説書を見てない。スマホで適当に申請して、かつホテル住まいで賃貸借契約もしていない」


「ダメじゃん」


「どうしましょう?」


「うん、あきらめてもらおう。それが一番丸く収まる」


「それができないから、呼んだんでしょう!」


 臼井はサカウエに笑いながら抗議する。


「どうしよっか?」


「いやだからリーダーが俺に聞かないでよ」


「大丈夫、臼井さんならできる! がんばれ! ダメならまた呼んで」


 サカウエはさわやかに笑って、別の席で黄色札を上げているスタッフのところに向かっていった。


「ったく、もー……」


 臼井は気を取り直して、申請内容を見直す。

 正直、問題しかない。誓約書は勝手に書き、契約書もホテルの明細。無茶苦茶な申請だった。

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