第一話・声を司る魔王
「ジャミング!」
周りの空気は揺れ、勇者一行は耳を塞ぐ。
俺がここまで追い込まれるとは。
目の前の勇者たちを前に魔王・ボイスは苦戦を強いられていた。
世界征服。
魔王である俺の目標は、もうすぐ遂行されるはずだった。
この憎き勇者たちめ…
「ライトブレイド!!!」
「ファイアーサイン!!!」
「グラウンドイリュージョン!!!」
勇者たちの攻撃はやまず、こちらの兵力もかなり削られてしまっていた。
俺は一気に攻撃の主導権をこちらに手繰り寄せるために、必殺技を打つ。
「秘儀・レクイエムボイス!」
勇者たちは急に体が動かなくなり、膝から倒れる者、硬直状態になる者などが現れた。
この攻撃を受けている限り勇者たちはHP・MPまど精力を著しく奪うのがこの技だ。
声を司る魔王である俺には声以外の攻撃方法が実はない。
なぜ派手な魔法や剣術、変化など出来ないのであろうかと苦しんだこともあった。
しかし、魔王の息子だったことから、魔王を継ぐしかなかった我が一生に後悔はない。
等と考えていた時、一発の銃弾が俺の身体を貫く。
「なっ……」
銃弾の主の方を見ると魔王の右腕である男・ダンディエルが銃口を向けていたのである。
「魔王。もうあんたの負けなんだよ。」
ダンディエルの銃弾は魔王の攻撃を止め、勇者たちが立ち上がった。
ダンディエル…なぜ、裏切るのだ…
俺の頭は混乱した。
魔王は両ひざをつき、悟った。
「俺の生きた証を残したかったな…」
勇者は勢いよく魔王にとびかかり、一太刀、二太刀と最後の攻撃を喰らわせる。
魔王の身体は砕け散り、消滅に向けて透明になっていく。
あぁ、俺は死ぬのか…
死んだらどこに行くのだろうな…
人も魔物も、ましては魔王でさえも知りえぬ死の先。
さぁ、死に向かって進むか…
魔王はそう思いながら、全身の身体が完全に消滅した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めると、知らない天井…ではなく知らない議会場だった。
そこに10名ぐらいのメガネをかけた、老人から、若い女までまるでこれから裁判にでもかけられるのか?という圧力だった。
これぐらいの人数なら魔王として一気に倒せると警戒しながらも、感じるのは自身の魔力が一切ないことだ。
なんだ、勇者にうち滅ぼされたときに魔力を使い果たしたのかと思った。
「これを見るがいいわ」
目の前の若い女が手鏡でこちらに向ける。
「これは…」
実際は俺の身体が光の球体になっているというのが分かる。
これが魂の形なのかと俺はふと感じた。
真ん中の席にいる老人が俺に話しかけてくる、
「魔王の務め、ご苦労であった。主は最後まで魔王として勇者と戦い、ラスボスとして散ったのだ。」
「はぁ」
俺は、思わぬ言葉を受け返事に困った。
「説明が遅れたが、ここは魔王転生委員会という空間。その名の通り役目を終えた様々な異世界の魔王を転生させるためにある組織である。」
俺は意味がよくわからなかったが、話を聞き続けた。
「魔王に生まれたものは、魔王という運命から逃れられない。人は様々な選択肢がある。何をしたいか、どう生きたいか、どこで働きたいか。君は生まれながらに魔王になる以外選択肢がなかった。確かに魔王という存在は基本悪であるが、生まれた時から悪であるわけではなく環境が悪へと向かわせるのだ。君の魂は魔王という環境下だったから魔王だったのだよ」
「この魔王転生委員会はそんな魔王たちに、魔王以外のものに生まれ変わってもらい、自由に生きてほしいと作られた組織なのだよ。まぁ、この空間も我々も人ならざる者ではあるが、君が望めば何か新しいことを生まれ変わって成し遂げることができるのだよ」
俺は考える。
確かに今まで魔王という責務でここまでやってきて、魔王であることが自分の運命であったと。
彼らは俺に新たなチャンスをくれようとしているのだ。
やり残したこと…
やり残したこと…
「…俺は、俺の生きた何かを残したい」
そんな言葉が俺の口から自然と零れ落ちた。
「よかろう。その希望を叶えるべく、君の適性に合ったものに転生をこれよりする。大丈夫だ、君なら何かを残せるだろう」
「さぁ、新たな人生を始めるがよい」
老人が俺に語りかけ、俺の身体、もとい球体はもの凄い光を放ち目の前がブラックアウトした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気が付けば、俺は道端にいた。
しかし、明らかに今までいた世界の感触ではない。
地面は土などではなく硬いグレーのものが道一面に敷き詰められていた。
「ここは、どこだ…」
そして自分の身体の違和感に気付く…
ふむ、これは…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
三年後
「あ、やべぇ”!寝過ごした」
俺は慌てて着替えをし、資料など必要なものを揃え、外に出る。
「まさか、魔王辞めて声優とはな。しかも女性に転生とはな。」
と一人口を動かしながら、俺、いや私か。
玄関のカギを閉め、今日も現場に向かうのであった。
弓原ボイス。25歳。女性。声優デビュー1年目若手。