自己紹介の順番待ちは緊張がすごい
「はーい。今日から一年間、このクラスの担任を務める“小井川結姫”です。気軽に結姫先生って呼んでねー」
短く茶色い髪を振り向きざまになびかせ、人懐っこい笑みを振りまいてくる。
その笑顔を見た生徒達は特に警戒することもなく受け入れムードを醸し出していた。
それからは明日以降の予定を手際よく説明していったが、そのせいで想定しているよりも多く時間が余ってしまった。
「時間が余っちゃったので、明日やる予定だった自己紹介を今から行いたいと思いまーす」
名前順ということで頭文字が『あ』の生徒から自己紹介が始まり、現在『く』。優里の番だ。
「ぼくの名前は黒崎優里。趣味はお菓子を作ることです。よろしくお願いします!」
立ち上がってボブカットの黒髪を無自覚で見せつけながら、可もなく不可もなくといった感じの自己紹介をさらりとし、手番を終える。
拍手と共に「可愛い」や「美少女だ」や「このクラスでよかった」という声が聞こえてきた。
どうやら大半の生徒が優里のことを女子と認識しているようだった。
無理もない。見た目は完璧な美少女だし。
俺も最初は女子だと思って接していたが、本人の口から男だと告白されて今のような距離感に落ち着いている。
なんでもぎこちない距離感が嫌いなんだとか。
昔の記憶を懐かしんでいる間に自己紹介は進み、手番は『た』
芸能人に絡みに行った男が立ち上がる。
「僕は天竺桂葵依。名前で女性と間違われがちだが、見ての通り正真正銘男子だ。趣味は無い。よろしく」
王道のイケメンキャラの容姿と深紅色の髪を持つ天竺桂。
先ほど名取に話しかけていた口調とは違い、荒めの口調で自己紹介をする。
もしかしたら第一印象を良くするためにやさしい雰囲気を出してただけで、こっちが素なのかもしれない。
その後詰まることなくどんどんと順番が進み、ついにその時が来る。
立ち上がった拍子に、誰もを魅了する美しい白銀の長い髪が揺れる。
「初めまして、名取一華です。この学校には仕事の都合で入学しました。趣味は本を読むこと、歌うことです。みなさんと楽しい一年を過ごしたいと思っています。どうぞよろしくお願いします」
盛大な拍手が巻き起こる。
特に男子の熱量が凄い。
件の名取はその迫力に一切動じず、優雅に着席する。
「みんな静かにー」という担任の宥めるような声を何度か聞いて、少しずつ生徒たちの喧騒が収まっていった。
その後も順々に進んでいき、次第に近づいてくる自分の手番に緊張が高まっていく。
最後から二番目の生徒が終わり、座ったことを確認して立ち上がる。
「“夜野雄馬”です。趣味はゲームです。よろしくお願いします」
緊張で元々言おうとしていた紹介をだいぶ短縮して終わらせてしまった。
無難すぎる回答に生徒たちが何かリアクションを起こすわけもなく恒例の拍手だけが鳴り響く。
なんか失敗した感が否めないが、これから取り返していけばいい。
そんな楽観視で不安を誤魔化しているうちに、担任の帰りの挨拶が終わり生徒たちが下校の準備をしていた。
「雄馬。帰ろ!」
若干の妬みの視線を感じながら優里と教室を後にする。
退室する直前の名取の周囲には、人集りができ始めていた。