初対面の相手に話しかけるのは想像以上に勇気がいる
優里と一緒にクラスへ移動すると既に大半の生徒が集まっていた。
座席は名前順で指定されており、優里は廊下側の真ん中、俺は窓側一番後ろになっている。
結構距離が離れてるから授業中に絡むことはできなさそうだ。
「離れちゃうのかー」
「休み時間に話せるしいいだろ」
「まあ…そうだね」
渋々といった様子で席に着く優里を見届けて自分も席に着く。
担任が来るまでやることもなかったため外の景色を眺めていると、担任が入ってくるドアとは反対の、教室の後方のドアから一人の生徒が入ってきた。
その生徒を見た周囲の生徒が騒然とし始めた。
「お、おい、あれってもしかして…」
「間違いない、芸能人の“名取一華”だ。噂は本当だったんだな」
容姿端麗で清楚、第一印象はそんな感じだった。
名取は教室に入って早々に指定された席に着き、華奢な体を休めていた。
視線は誰に向けるでもなく明後日の方を向いている。
「お前、話しかけにいってみろよ」
「いや俺なんかが行くとかおこがましすぎるだろ。見ろよ、彼女から放出されるあの純白さを。生半可な覚悟で行ったら一瞬で持ってかれるぞ…」
「なにがだよ」
次第に周りの生徒達から「早く誰か話しかけに行けよ」という雰囲気が漂いだす。
渦中の名取はそんな雰囲気に気づいていないかのように全く反応を示さない。
停滞状態が続くかと思われたそのとき、一人の男子生徒が名取目掛けて歩いて行った。
「どうも、初めまして。僕の名前は“天竺桂葵依”。君は名取一華さん、で間違いないかな?」
突然の登場に周囲の囁き声が止む。
「…ええ、そうよ」
異様な緊張感の中、名取は嫌な顔一つ見せずに天竺桂の方に顔を向ける。
「是非ともお友達になっていただきたい。これからの学校生活を華やかなものにするためにも」
動機は酷いものだが、あの雰囲気で初対面の相手に話しかけに行ける勇気は称賛に値する。
恐らく周りの見物人全員がそう思った。
「…お断りするわ」
が、天竺桂の願いは叶えられなかった。
「…理由を聞いても?」
「メリットデメリットで友人関係になんてなりたくないの」
どうやら友達になる動機が名取の癪に障ったようだった。
「…そう、だね。ごめん。相手の気持ちを考え切れてなかった。ここは潔く出直すよ」
醜く食い下がることをせず、あっけなく身を引いた。
また停滞状態に陥るのかと思われたところで学校の鐘が鳴り響く。
「はーい、みんな自分の席についてー」
担任の登場により名取に集中していた生徒の視線が散開する。
適当な挨拶とともに黒板に名前を書き始めた担任を前に、この教室一の美少女は俯いて机とにらめっこを繰り広げていた。