久坂大和は同志を得る。
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「母さん、ただいま」
俺は畳の部屋に入ると、その奥に鎮座している小さな仏壇に向かい、いつものように手を合わせる。
「母さん、今日もいつも通りだよ。文香も元気だし、親父も……親父は知らん」
と、これまたいつものように定期報告を済ませる。
「さて……んじゃ、晩メシの準備に取り掛かるか」
俺は立ち上がって畳の部屋を出ると。
「あ……」
そこには、気まずそうに立っている中岡がいた。
「あれ? リビングに行ってなかったのか?」
「あ、う、うん……その……」
「ああ……」
中岡が曖昧な返事をしてうつむく。
どうやら、俺が畳の部屋に入ってからの一部始終を聞いていたようだ。
「はは……母さん、俺が小学生の時に病気で死んじゃったんだよね」
「…………………………」
「まあ、もう結構前の話だし、俺も文香も、ちゃんと前、向いてるか。だから、別に中岡は気にすることねーぞ?」
俺は少し落ち込んだ様子の中岡にそう言うと、左手薬指にはめている指輪に触れる。
すると。
「それ……ひょっとして……」
「ん? ああ……母さんの、形見だよ」
中岡の問い掛けに、俺ははっきりと答える。
これは、母さんが死ぬ間際に俺にくれたもの。
『……これは、お母さんと大和や文香、お父さんとの“絆の証”……これから先、大和が家族と同じくらい絆を結びたいと想った人が現れたら、その指輪を渡しなさい。それが、母さんの願い……』
そう言って渡してくれた、俺の宝物。
その時のことを思い出し、俺はつい口元を緩めていると、中岡は俺とは正反対な……今にも泣きだしそうな、そんな表情を浮かべていた。
「だから中岡は気にすることねーっての。そもそもこの指輪がなんなのか、中岡に話したことなかったし」
「だ、だけど……」
俺が中岡に気にする必要はないと伝えても、中岡はやっぱり今にも泣き出しそうだ。
はあ……。
「とにかく、俺は全く気にしちゃいないし、中岡は風紀委員として職務を全うしたわけだろ? ま、そういうことだから。それでも気にするってんなら、むしろいつも通りでいてくれると、俺としても助かるんだけど」
いつもは校内放送を私的に濫用するほど傍若無人なのに、そんなしおらしい態度、調子狂うっての。
「久坂……」
「つーわけで、今から晩メシ作るぞ。手伝ってくれるんだろ?」
俺はこの雰囲気を変えようと思い、少々おどけてそう言うと、ようやく中岡はいつもの様子に戻った。
「も、もちろん!」
「よし、頼りにしてる」
「うん!」
さてさて……それじゃ、頑張ってみんな大好きクリームシチューを作るとしますか。
◇
「……で、なんで野菜がこんな小っちゃいサイズになってるんだ?」
「あ、あうう……」
俺がまな板に乗っているジャガイモを見ながら、ジト目で中岡を見る。
まあ、誰しも得手不得手はあるし、別に責めるつもりはこれっぽっちもないんだけど、だったら初めから言って欲しかったとは思う。
「んー……ま、メシは俺が作るから、中岡はリビングでくつろいでてくれよ」
「あうう……ゴ、ゴメン……」
そう言うと、中岡は落ち込んだ様子ですごすごとリビングに向かい、床でチョコンと体育座りした。
さて、さっさと作るか。
俺は一口サイズの鶏肉を油を引いた鍋に入れて火にかけ、ある程度火が通ったら切りそろえたジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、ブロッコリーを投入してさらに炒める。
んで、水を入れて一煮立ちさせたら、そこに牛乳とシチューの素を入れてさらに煮込む。
よし、まあこんなもんだろ……って。
「中岡、何やってんの?」
俺は呆けた顔でキッチンを覗いていた中岡に声を掛ける。
「へ? あ、い、いや……久坂、すごく手際がいいなあ、って」
「おう、主夫歴六年以上の俺をなめるなよ」
俺はどうだと言わんばかりに、軽く口の端を持ち上げた。
「ふああああ!? 六年以上って小学生の時から!? ……あ」
中岡は驚いた表情でそう言った後、しまったとばかりに口元を手で押さえ、押し黙った。
「だーかーらー、いちいち気にすんなっての」
俺は中岡の頭をポンポン、と軽く叩いて……って、俺何やってんだよ!?
「う、うわあああ!? わ、悪い! つい妹と同じ感覚で……!」
俺はすぐさまその手を引っ込め、思わずその場で土下座する。
だけど。
「く、久坂! き、気にしなくていいから!」
俺の予想に反し、中岡はわたわたしながら俺に近づくと、土下座する俺を起こした。
「だ、だけ「それに、その……チョット嬉しかったし……」」
俺がそれでもと言葉を紡ごうとすると、それを遮るように中岡が顔を真っ赤にしてそんなことを言った。
な、何だよその顔……不覚にも、すげー可愛いと思っちまったじゃねーかよ。
「そ、そうか……つ、次から気をつける……」
「う、うん……」
俺は何だか恥ずかしくなり、つい顔を背けてしまった。
中岡も中岡で恥ずかしいと思ったのか、もじもじしながら俯いている。
な、なんか調子狂うなあ……。
「さ、さあて、シチューはもういいんじゃねーかな」
俺は変な空気を変えるために、少々大げさにそう言うと、シチューをかき混ぜる。
うん、こんなもんだろ。
「よし、シチューもできたし、晩メシにするか。おーい文香ー、メシだぞー!」
「分かったー!」
俺がキッチンから叫ぶと、同じく文香が返事した。
さて……。
「ところで中岡さんや」
「へ?」
俺が声を掛けると、中岡はキョトンとしながら気の抜けた返事をした。
「シチューにはパン派? ごはん派?」
「はい?」
俺の問い掛けに、中岡はまたもや気の抜けた返事をする。
「や、だからシチューのお供はパンかごはんか、どっちがいいか聞いてんの」
「あ、ああ……私はシチューの時はいつもごはんだけど……」
中岡がおずおずとそう答えると、俺は思わずこう叫ぶ。
「同志よ!」
「ふあああああああ!?」
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