久坂大和と中岡悠里は初デートを楽しむ。①
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「んじゃ、出掛けてくるから」
俺は朝早くから家事を一通り済ませ、準備を整えて文香に声を掛ける。
「うん、悠里さんによろしくね!」
「おー」
笑顔で見送る文香に、俺はあえて素っ気なく返事をした。
や、だって、ユーリとのデートだからって浮かれてる姿を見せるのは恥ずかしいじゃん?
といっても。
「……お兄、顔がキモチワルイ」
などと突っ込まれるんだから、俺はどうしようもないほど浮かれまくってるみたいだ。
ま、何とでも言え。
実際、俺は今日のデートが心の底から楽しみで仕方ないのだ。
というわけで。
俺は家を出ると、待ち合わせ場所の駅前まで全速力で走る。
や、約束の時間までは一時間以上あるんだけど、どうにも落ち着かねーの。
そして。
「おー、さすがにユーリはまだ来てないな」
俺は駅前に着くなり辺りをキョロキョロしながらそう呟く。
つか、駅に掲げられてる時計の針は、八時五十分を指していた。
うん、いるわけがねー。
「んじゃ、後はのんびりと待つとするかな
俺は近くのベンチに座ると、今日のデートプランについて思案する。
うーん、まずはいつものジュエリーショップに行ってサイズ変更の依頼をして、ちょっと街をブラブラしてから昼メシ食って……んで、映画を見に行くってのが、一応のプランではあるんだけど……。
つか、ユーリは映画でも大丈夫かな……。
い、一応、どの映画でも見られるようにあえてチケットの指定はしてないんだけど。
ま、まあ、この辺はユーリが来てから相談すればいいか。
昼メシに関しては……うん、何一つ心配する必要はないな。
むしろ、どこで食べるかってことのほうが重要だ……つっても、目星はつけてるけど。
などと、色々思いを巡らせていると。
「お、お待たせ!」
ユーリが息を切らしながら駆け寄ってきた。
つか……何だよその恰好。
ユーリは、グレーのゆったり目のセーターに茶系チェックのロングスカート、同じく茶色の二本のバックルをアクセントにしたエンジニアブーツ、そして、赤色のショールを首に巻いていた。
「え、えと……私の恰好、変……かな……?」
固まる俺に、ユーリが不安そうに声を掛ける。
お、おっと……どうにも意識が飛んじまったぞ。
「……あ、い、いや、その……ゴメン、見とれてた」
「ふああああ!?」
俺のその言葉に、ユーリが顔を真っ赤にして声を上げた。
だ、だけど、ユーリがそんなカワイイコーデで来るからいけないと思う。ウソです、むしろありがとうございます。最高です。
「そ、その……あ、ありがと……」
「お、おう……」
イカン。ユーリが可愛すぎて、変に緊張してきた。
「そ、それじゃ、行こう……つか、まだ九時半か」
「そ、そだね……」
うん。まだ店、開いてないわ。
「だ、だったら、とりあえずカフェでも入って少し時間潰すか?」
「う、うん!」
俺とユーリは、初デートの緊張からか、ギクシャクしながら駅前のカフェへと向かった。
◇
「いらっしゃ……って、おお! 大和くんじゃないか!」
「ご無沙汰してます、店長さん」
カフェで時間を潰した後、俺とユーリはジュエリーショップに来たんだけど、店に入るなり、店長さんが笑顔で出迎えてくれた。
「いやあ、久しぶりだねえ! それで、今日はどうしたんだい?」
「あ、はい。指輪のサイズ直しをしてもらいたくて……」
「ん? サイズが小さくなったかい? 一年前に直した時から見て、そんなに大和くんの身体が大きくなったようには見えないけど?」
俺の依頼に、店長さんは不思議そうな顔で俺を見た。
「あ、ああいえ、実は……彼女の指のサイズに縮めて欲しいんです」
「よ、よろしくお願いします……」
俺の後ろから、少し恥ずかしそうにしながらユーリが姿を見せると、丁寧に綺麗な布でくるんだ指輪をおずおずと差し出した。
「へえ……大和くんもやるなあ」
「あ、あはは……」
店長さんはユーリと俺を交互に見ると、ニヤニヤしながら肘で俺の肩を小突く。
ちょ、痛い。
「だけど、そうか……大和くんがこの指輪を渡すほどの女の子なんだね」
「はい」
「…………………………」
しみじみと語る店長さんに俺は頷く。
そして俺の隣では、ユーリが恥ずかしそうに、だけど、少し嬉しそうにはにかんでいた。
「よし! だったらこの指輪、シッカリ直してあげるよ! なあに、最優先で仕上げてあげるから、夕方にでも取りにおいで!」
「ええ!? そんなに早く!?」
店長さんの言葉に、俺は思わず驚きの声を上げた。
や、だって、いつもは指輪の直しに二週間くらい掛かってたのに!?
「ああ。まあ、今はちょうど急ぎの仕事がないっていうのもあるんだけど、それでも、あの大和くんがこうやって可愛い彼女を連れて依頼してくれたんだ。だったら、“綾香”さんの想いも引き継ぐためにも、これは早く渡してあげないと、ね」
そう言うと、店長さんは静かに目を瞑った。
「そうしてもらえると助かります」
「うん。それじゃ、ええと……」
店長さんはチラリ、とユーリを見る。
「あ、はい、“中岡悠里”です」
「悠里ちゃんか、いい名前だね。じゃ、左手薬指のサイズを測るね」
「よろしくお願いします」
店長さんはサイズ確認のためのリングをユーリにはめながら、サイズ確認をする。
「うん、これで大丈夫。それじゃ、夕方までに仕上げておくから、待ってるよ」
「「はい。よろしくお願いします」」
俺達は店長に頭を下げると、店を後にした。
すると。
「ね、ねえヤマト……その、綾香さんって?」
ユーリが遠慮がちに尋ねてくる。
ああ、そりゃ気になるよな。
「ああ……俺の母さんの名前だよ」
「お母様の……」
そう返すと、ユーリは少し思いつめたような表情になる。
ユーリには……ちゃんと話しておかないと、な……。
「……あの指輪は、父さんがプロポーズした時に、母さんに渡したものなんだ」
「……そ、そうなんだ……」
「うん……で、父さんがその指輪を買ったのが、あの店。それ以来、母さんが生きていたころから、指輪のメンテナンスはあの店にお願いしてるんだ」
「そっか……」
母さんが死んだ時、あの店に行って泣きながら店長さんにお願いしたっけ……『俺の指に合わせてください』って。
そして……いよいよユーリに指輪を受け継いでもらうんだな……。
「ヤマト……」
感慨に浸っていると、ユーリが柔らかい表情を浮かべ、俺の手を握った。
「ん……俺、ユーリに指輪を受け取ってもらえてよかったよ」
「私も……ヤマトから大切な指輪を譲り受けることができて、本当によかった……」
俺は隣に心から好きな人がいる幸せを噛み締めながら、また街のほうへと向かった。
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