久坂大和は自分の過去に縛られる。
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「それじゃ、行ってくるから」
俺は昨日と同様、中岡を送るために玄関で靴を履く。
「文香ちゃん、またね!」
「うん! 悠里さんバイバイ!」
うむうむ、中岡と文香はますます仲が良くなったようだ。
それはそれで、俺としても喜ばしい限りだ。
「よし、じゃあ行くぞ」
「うん!」
俺と中岡は家を出ると、駅に向かって歩く。
「なあ、中岡」
「ん?」
隣に歩く中岡に声を掛けると、彼女は首を傾げながら覗き込むように俺を見た。
「その、さ……明日も、晩メシ……」
「あ……明日、かあ……」
「お、おう……」
俺は中岡に明日も来てほしくて晩メシのお誘いをすると、中岡は口元を緩めながら両手を組んで腕を前に伸ばす。
その仕草が可愛くて、俺は変な相づちを打ちながら中岡のその姿に見惚れていた。
「……ねえ、久坂」
急に中岡はその足を止めてこちらへと向き直り、真剣な表情で俺を見つめた。
「……お、おう、何だ?」
俺はそんな中岡の様子に、ついしどろもどろになりながら返事をした。
「久坂は、どうしてそんなに私を晩ご飯に誘ってくれるの?」
「へ? あ、い、いや、それは……」
それは……俺が中岡と一緒に晩ご飯を食べたいから。
俺が、中岡と一緒にいたいから。
「ま、まあその、あれだ。こんなに食いっぷりがいいと、俺も作り甲斐があるからな! うん!」
違う。
本当は、中岡と一緒にいたいから。
中岡に来てもらえないと、一緒にいられないから。
「久坂」
中岡が潤んだ瞳で、だけど凛とした佇まいで、俺の瞳を見つめる。
そんな中岡から、俺はどうしても視線を逸らせなかった。
そして。
「久坂……私は、久坂が好き」
ああ……だよな……。
お前が俺のことを好きなのは、分かってたよ。
そして、俺も……中岡が、好きだ。
だけど。
「……悪い」
「っ!?」
俺は顔を逸らし、そう告げた。
「ね、ねえ……どうし「俺、さ……」」
今にも泣きそうな表情で問い詰めようとする中岡の言葉を遮り、俺はポツリ、と呟く。
「俺……約束、したんだ……」
そう……小学五年の冬のあの日に。
◇
その日はいつもより寒くて、かなり厚着してたのを覚えてる。
俺は文香を親戚の家に預けてから、いつものように母さんの見舞いに病院に行くと、なぜか病室の前が慌ただしかった。
『まだ先生は来ないの!?』
『今! 今、先生が来ました!』
『早く!』
見慣れた医者の先生が、少し暗い表情で病室に飛び込む。
俺は訳が分からないまま、ただボーッと病室の前で突っ立ってたら。
『ああ! や、大和くん! お父さんは!?』
いつも優しくしてくれる看護師さんが、焦った顔でそう尋ねた。
『は、あ、ま、まだ仕事……』
『分かったわ! お父さんはこちらから連絡するから、あなたは文香ちゃんを連れてきて!』
ものすごい剣幕で言われ、何かとんでもないことが起きていると感じた俺は。
『う、うん!』
急いで病院を出ると、親戚の家までひたすら走った。
文香……!
がむしゃらだったから、その時の街の景色も何も全く記憶がなく、ただ、俺は力の限り走り続けた。
『あっ!』
俺は段差につまずき、その場で転ける。
『クソツ!』
俺は擦りむいた膝もお構いなしに、すぐさま立ち上がろうとして。
『キミ、大丈夫?』
綺麗なおばさんが心配そうな表情で声を掛けてくれた。
『だ、大丈夫!』
それだけ言うと、俺はおばさんに振り向きもせずにまた走り出した。
そして、親戚の家に着くと。
『文香! 文香!」
『な、なあに、お兄ちゃん!?』
呼ばれて出てきた文香が、俺を見るなり驚いた表情を見せた。
『い、今すぐ病院に行くぞ!』
『え? え? お兄ちゃん!?』
『早く! 急いで!』
困惑する文香だけど、俺の様子が普段と違うことを感じた文香は。
『う、うん!』
すぐに靴を履いて俺と手をつなぐ。
『よし! 行くぞ!』
『うん!』
そして、俺達は親戚の家を出て、文香の手を引きながら一目散に病院を目指した。
『お、お兄ちゃん! 速いよ!』
『が、がんばれ文香!』
俺は息が切れてつらそうにする文香に励ましの声を掛けながら、必死で走った。
なんとか病院に着いた俺達は、母さんの病室に向かうと。
『と、父さん!』
『大和! 文香! コッチだっ!』
病室の前でうなだれていた親父が、俺達を見るなり大急ぎで病室の中へと連れていった。
『綾香! 大和と文香だ!』
『『っ!?』』
色んなチューブがつなげられ、口にも酸素吸入のマスクがついた母さんを見て、俺と文香は絶句した。
『二人とも……母さんに……』
親父は涙を堪えているのか、くしゃくしゃの顔をしながら俺達の背中をそっと押し、母さんの傍へとやった。
『母さん! 母さん!』
『お母さん!』
『ああ……大和……文香……』
震える身体を傾け、母さんが俺達を見た。
『うん! 俺達はここにいるよ!』
俺と文香は、母さんの手をギュ、と握る。
『文香……あなた、は……ちゃんと……お兄、ちゃん……の、言うことを……聞く、のよ……?』
『う、うん!』
母さんの言いつけに、何かを悟った文香は涙をぽろぽろ零しながら頷いた。
『や……大和……』
『うん!』
『あな、た……は……お兄、ちゃん、だから……文香、の、こと……しっ、かり……見てあげて、ね……?』
『うん……! うん……!』
俺も涙を流しながら、母さんの言葉を噛み締めるように何度も頷く。
『み、んな……大好……』
『っ!? 母さん!? 母さん!?』
急に母さんの手から力が抜け、そして……するり、と俺達の手から滑り落ちた。
『っ! 先生!』
『……二月十四日、午後六時二分……』
医者の先生が、腕時計を見ながらそう呟く。
母さんは……母さん……が……!
『『うわあああああああああ!』』
俺と文香は母さんの亡骸にしがみつき、大声で泣き叫んだ。
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次話は明日の夜更新予定です!
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